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第131話……老竜

 私たちが崖をよじ登った先にあったのは竜の巣であった。

 そんな噂を聞いたことはない。


 だが、先人たちがたどり着いてない未知の場所であることを考えれば、そこになにがあってもおかしくないはずであった。


「ぽこ~」

「きゅま~」


 我が方の先陣、ポコリナとクママはすでに私の後ろにしがみ付き、戦々恐々とした様子。

 それもそのはず、目の前には数頭の巨大な竜がこちらを覗いていたのであった。


 しかも奴らは下等種ではなく明らかに上位種。

 どこかの聖堂の書庫でみた絵巻に描かれていた伝説の竜にそっくりだったのだ。


「ガウ?」


 少し遅れて登りついたミスリルゴーレムのガウ。

 彼の巨大な体躯が現れても、竜たちは微塵も動じなかった。

 それはあたかも人間が羽虫を恐れないが如く、彼らとは生物としての格の違いがあったのだ。


「あ、あの。こんにちは」


 私は怯えながらに挨拶をした。

 伝説の竜の背に乗った英雄の話は聞くが、伝説の竜を倒した英雄の話は聞かない。

 それは、この世界において、竜は想像の上でも人間に倒せるものではないことを示していた。


 ひょっとすれば、勇者や英雄という存在は竜に挑みかかる精神を持っていたのかもしれない。


 だが私は、もとはいとえば一介の傭兵。

 そんな気概は微塵もなかったのだ。


「……ふむ、害意を示さぬか?」


「もちろんにございます」


 私は言葉だけにとどまらず、竜たちに最敬礼をとった。


「よかろう。ここをまっすぐに行き、右手の洞窟に入れ。さすれば我らが長老と会えるであろう。ゆめゆめ忘れることなかれ」


「……はい」


 私がそう答えると、彼らの姿はどこかへと消えた。

 代わりに現れたのは真っ白な雪原だった。

 私たちは言われた通りにまっすぐ進むと、二つの洞窟が見えてきた。


 左側は絨毯が敷かれた暖かそうな洞窟。

 右側は、多数の髑髏に毒蛇がうじゃうじゃいる洞窟であった。


 寒さに凍える体に鞭を打ち、右の洞窟へと入る。

 恐々毒蛇を追い払いながら進むこと半時。


 突き当りの木製のドアを開けると大きな広間に出た。

 そこには温かい暖炉があり、明るい銀の燭台もあった。

 後ろを振り返ると、そこにドアはない。


「よう来た、勇者よ」


「……」


 私は言葉に詰まった。

 長い赤絨毯の先の玉座に座っていたのは、鱗の剥げかけた老いた巨大な竜。


 きっと彼が竜の長老なのだろう。

 竜が老いるとか聞いたこともない。


 彼は何千年生きたのだろうか?

 そんな相手に、なんと返事をしていいかわからないでいたのだ。


「お初にお目にかかります。我が名はシンカー・ライスターと申します」


「……そうか。この雪の断崖を登ってきたのは、今までにたった一人であった。たしか姓はオーウェンとか申したな。たしか、我が助力のおかげで国が興せたといっておったわ」


 オーウェン?

 もしかして我が連合王国の初代王か?


 ……助力。

 そうだった、私もレビンのグリフォンを何とかしてほしくて来たのであった。


「……あ、如何にすれば、えと、某にもそのご助力を給われると幸いなのですが?」


「嫌じゃ」


「……え?」


「嫌じゃと申して居る。我に古の頃の力なぞないのだ」


「いえ、ご一族の方でも十分なのですが……」


「そうか、では我が娘を遣わそう」


 そう竜の長老が言うので、どんな立派な竜が来ると思いきや、長老竜の足元から病弱そうな若い人間の女性がよろよろと進み出てきた。


 よく見ると左の腕だけが鱗に覆われている。

 見たことも聞いたことはないが、きっと竜と人間のハーフなのだろう。


 ……だが、これがどう戦力になるのだ?

 この病弱そうな女性にグリフォンを追い払うことなぞ、到底できそうになかった。


「誰が戦力を渡すと申したか? 一族ならいいのであろう? ふふふ……」


「!?」


 この竜、心が読めるのか。

 油断した。

 だが、今更要らぬともいえぬ……。


「ほかのご一族のご加勢は?」


「やらぬ」


 ……くそう、とんだ食わせ物の爺竜だ。


「なんとでもいうがよい。だが我が娘に事あれば、お前の領地が灰燼に帰すぞ!」


 ……まじかよ。

 私は泣きそうな気分になる。


「まぁ、娘の病を治してくれたら考えてやらんでもない」


「本当ですか?」


「うむ」


 良し、それに期待して帰るとするか。

 というか、やはり娘は病気のようだ。

 なんだかくたびれもうけだったな。


 私は老竜に丁寧に挨拶し、再び洞窟に戻ったのだった。




◇◇◇◇◇


 来た洞窟を引き返す。


 ところが、来たときの髑髏や蛇はどこへやら。

 見たことのない煌めく鉱石が、あちらこちらに散らばった幻想的なトンネルだった。


「……あの」


 後ろからか細い女の声がする。

 振り返ると、老竜の娘さんがいたのだ。


「本当に下界にお越しになるので?」


 私は老竜の申し出が半分冗談だったかと期待していたのだが、やはり冗談ではなかったらしい。


「父が申すに、もう私に帰るところはありませぬ。末永くよろしくお願いいたします」


「……!?」


 ミスリルゴーレムのガウがいるとはいえ、雪山を降りるのに、失礼ながら使えない荷物が一つ増えた勘定だ。

 水も食料は余分はあったが、もしこの娘が崖から滑落死でもしたら、我が領地が灰となってしまう。


 なんだか体以上に精神的疲労が多い、今回の霊峰探索となったのであった。


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