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第130話……厳冬の霊峰

 統一歴568年12月中旬――。


 ケード連盟領主の館にて、大方針会議が開かれた。

 家臣一同が列席し、フィー姫が開会の宣下を行った。


「まずは兵を養いバーシーに拠るパウロを叩くべし!」


「そうじゃ、そうじゃ!」

「異議なし」


 開会早々、皆が主張したのは逆徒の討伐。

 それに意義を唱える者はいなかった。


「……で、レビンの魔族への備えはどういたす? グリフォンへの対策なしには勝てぬぞ!」


 こう発言したのはアルヴィン子爵。

 彼は私の宰相擁立に成功し、実質的に家中のナンバー2の位置を占めていたのだ。


「とりあえず、弩を強化した遠距離用の強弩を配備するしかござらぬ」


「そのようなもので防げるのか?」


「では、ほかに手段はあるのか?」


「まぁまぁ、味方同士で争うな!」


 長老格のグマ男爵が仲介に乗り出すほど、グリフォン対策の議論は熱気に包まれた。

 ケードの主兵は騎馬や竜騎兵。

 それを封じるグリフォンは、一同が真剣に憂慮するほどの天敵だったのだ。


「それについては、ジフの南の霊峰の頂に竜神が住まうという。その竜神に頼んでみてはどうであろうか?」


「グマ爺様、そんな世迷いごとを信じているのか?」

「左様左様、きっと無駄に期すであろう」


「そもそも、あんな難所、どうやって登るのだ?」


「……ふん、こわっぱが!」


 なんだか最後は笑い話のような帰結になり、酒が運ばれ、宴となる。

 この後は、功臣たちの表彰が行われ、年の瀬の会議は終わったのであった。




◇◇◇◇◇


 翌日の早朝――。

 私はポコリナとクママを連れて、昨日聞いた霊峰の頂を目指すことにしていたのだ。


「本当に行かれるのですか?」


「ああ」


「くれぐれもお気をつけて」


「ああ。姫様には、年始の挨拶が遅れて申し訳ないとお伝えしてくれ」


「かしこまりました」


 私はコメットに跨り、颯爽とラムの街を出る。

 街から離れたところで、魔方陣を描き、ミスリルゴーレムのガウを呼び出した。


「ガウウ……」


「ぽこ~♪」


 また一段と大きくなった巨体が姿を現す。

 何も食べてないのによく大きくなるもんだと思う。

 その大きな姿に、ポコリナは喜んだが、クママはおびえて小便を漏らした。


「ガウよ、荷物を頼んだぞ!」


「ガウウ!」


 荷を軽くしたコメットを促し、一気のくだんの霊峰を目指し駆けたのであった。

 途中、集落で小休憩をしつつも、夜を徹して麓を目指したのだった。




◇◇◇◇◇


 三日後の朝――。


 件の霊峰の麓に立つ。

 空はどんよりと曇り、冷たい雪がちらつく。


 目の前にはうっそうとした森が広がっていた。

 むしろ、木々の密度がすさまじく、けもの道を探すのもようやっとといった感じであったのだ。


「……こ、ここか?」


「ぽこ?」


 コメットを降り、茂みを鎌でかき分けて前に進むといった感じであった。


 その重作業ゆえに、冬でも額に汗をかくような様だ。

 だが途中で、あることを思いつく。


「ガウよ、道を作りつつ前に進んでくれ!」


「ガウガウ!」


 小部隊においては、隊長は先頭をきらねばならぬといった先入観が邪魔をしていたのだ。

 だが、魔法生物のゴーレムは疲れ知らず。

 彼に任せるのが最も良い方法だったのだ。


 二時間くらい進むと、道は胸元まで冷たい沼に浸かる状態となっていた。

 正直、脳髄が凍るほど寒い。

 霊峰は難所故、登るのが無理と言っていた貴族たちの意見を思い出す。


「……さ、寒い」


 あまりの寒さに、コメットの背の上に乗らせてもらう。

 ポコリナとクママはどうしているかと思ったら、彼らは大きな葉で作った船に乗っていた。


 ……ずるい。

 きっと何らかの魔法であろうが。


 私は冷たい泥にまみれ、凍えた体を毛布と魔法で温める。

 世界で最もみじめな宰相な気がしてきた……。


 しばらくすると、森が開け、清らかな泉が湧く場所に出た。

 私はそこで体の泥をぬぐい、火を焚き、温かい食事をしたのであった。


 そして、そこにテントを張り一泊。

 明日は山裾に挑む予定であった。




◇◇◇◇◇


 翌日――。


 空は猛吹雪。

 凍てつく風が体を叩いた。


 森を抜けたはいいが、今度は一面無機質な岩だらけ。

 吹雪を遮るものがないので、体は一層凍えたのだった。


「おい、ガウ。風上にいてくれ」


「ガウ?」


 巨体で寒さを感じぬものを風上に置き、少しでも寒さを紛らわせる。

 岩を掴む手はかじかみ、関節には血がにじんだ。


「まじか!?」


 ひと段落して上を見上げると、今度は断崖絶壁。

 お世辞なしの斜度90度の崖であった。


「くそっ!」


 私は両手にミスリルの短剣を持ち、絶壁の岩の隙間に短剣を差し込む。

 右、左、右といった具合に、突き刺した短剣を頼りに断崖を登ったのであった。


「おおう!?」


 崖なので風を遮るものがない。

 吹き飛ばされそうになったポコリナを抱き寄せると、クママに顔にしがみ付かれた。


 ……前が見えねえ。


「……うぁ、もう無理」


 異次元の寒さ。

 脳も心臓も凍りそう。


 もう手も足も感覚がなくてうごかない。

 かなりの防寒を施してきたのだが、もう無理そうであった。


「……げ!?」


 足元を見れば、かなり上ってきたようで、地上からは300mはありそうだった。

 落ちたらまず助からない。


 ……、もはや、ここまでか?


 もうだめかと横を見たら、ポコリナとクママはミスリルゴーレムのガウの背中にしがみ付いていたのだ。


 ……シマッタ!

 最初からそうすればよかったのではないか。


 私もガウの背中に乗せてもらい、なんとか霊峰の頂までたどり着いたのであった。

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