私は深夜、瞬間移動の魔法でレーベに戻ってきた。
この魔法、他の人も運ぶほどの力はない。
運べてタヌキ一匹という感じだ。
「お疲れ様!」
城の門の衛兵に挨拶し、政庁に入る。
皆寝静まっていた中、私は修行中に溜まっていた書類仕事に追われたのであった。
翌朝――。
朝食は麦パンにアツアツの目玉焼き。
本当は腸詰も欲しいが、そこまで贅沢はできない。
「……さぁ、始めようか!」
私は幕僚を会議室に集め、諸案件を討議する。
「例の試験を開催する話はどうなった?」
私はアリアス老人に問う。
領地の拡張に伴い、城勤めの役人希望者を試験で選ぶことになっていたのだ。
「はい、試験は凡そ三月。将軍が出兵中に行う予定です」
「じゃあ、任せるよ」
「わかりました」
アリアス老人は客将格だ。
自分の用事だけ終わると、そそくさと家に帰ってしまう。
「次は金山の件だが……」
私はキムに話を向ける。
「はい、灰吹き法の浸透により産出額は上がっておりますが、シャンプール南の開発費が嵩んでおり、新たな鉱脈が見つかると良いのですが……」
……そうだ。
本当は鉄や塩の売買益があるはずだったのだが、あれは王宮に譲渡してしまったのだ。
キムに収支表を我が家の見せてもらう。
やはり、我が侯爵家の収支はあまりよいものではなかった。
「以前に貰った金塊を売って新しい土地も灌漑しよう。住民予定者は難民や流民を募ってくれ!」
「はい」
新たな金脈など、都合よく見つかる訳はない。
私は畑の収穫高を増やす算段をキムに命じた。
「あと、ミスリルはどうなっている?」
「はい、以前の仰せの通り、女王陛下の護衛部隊への装備供給を優先しております。代金は夏ごろに頂ける話になっております」
ミスリルは優れた金属だが、加工が難しく、溶かすためにも多量の魔法石を必要とした。
よって加工賃がかなりかかり、今のところあまり利益は出ていなかったのだ。
例えば、誰にでも売って良いならかなり利益は出るだろうが、それは宰相殿に止められていたのである。
敵国の手ににわたるのが怖いからだ……。
「ラガー、魚の干物の売り上げはどうか?」
「塩を王宮から買っているので、儲けは減っておりますが、増産で賄う予定です」
「頼んだぞ!」
「はい」
書類は山となり、決済のサインで手が壊れそうになる。
「アーデルハイト、シャンプール南部の開発はどうだ?」
「はい、資金さえ尽きなければ順調に運ぶ予定です。今年は免税期間なので、税収は来年からになりますが……」
「いろいろすまんな。たのむよ」
「はい」
三月には出兵があるのだ。
それまでに必要な軍事の算段をせねばならない。
さらに内政の基本的なことは、年始に定めることが多かったのだ。
私と幕僚たちは必死に奮闘。
一月はほとんど内政案件に時間を取られたのであった。
◇◇◇◇◇
統一歴566年2月――。
この年の2月は例年より雪が少なかったが、それでも山の方は雪が沢山積もっていた。
「あの、ご領主様。お届け物が……」
「なんだろう?」
届けられた箱を開けると、中には黒光りのする籠手が入っていた。
それは名工ウドゥンが造ってくれたものであった。
確かオリハルコン製だったはずだ。
私は早速装着、付け心地はとてもいいものであった。
籠手は薄く作られ、とても軽いものに仕上がっていたのだ。
「お前様、そろそろケードの地へ赴かねばならないのでは?」
「そうなんだよな~」
イオに嫌な用事を思い出さされる。
そして問題はお土産だ。
なにも手土産なしに外交をするのは、私には難しかったのだ。
「仕方ない。商人のホップを呼び出せ!」
「はい」
三日後――。
ホップはやってきた。
奴は儲かっていそうな豪華な服を着ていた。
「お召しでございますか?」
「ああ、北の国への土産物が欲しい。良いものを見繕って欲しいのだが……」
「畏まりました」
暫し待つと、彼は大王真珠貝の大玉真珠に珊瑚や鼈甲など、ゲイル産の宝物を見繕ってくれた。
代金はかなりかかったが、これは国家の外交経費だ。
大部分は王宮が払ってくれるはずであった。
「侯爵様、御召し物はご入用ではございませぬか?」
「……ん?」
いわれて見れば、伯爵の時と同じ礼服しか持ち合わせていない。
「お前様、新しくしませんか?」
「わかった」
本当はイオのドレスだけ新調すればいい気もしたが、侯爵らしい服装にせねば相手に舐められるとアーデルハイトにも言われ、私の服も新調することにした。
「お前様、いっそ皆様のもお造りしてはどうですか?」
「……ああ、そうだな」
イオに言われ、幕僚たちの礼服も一新することにした。
さらには外交用の馬車も新調。
貴族はなにかと出費がかさむものらしい。
これらの費用が結構掛かったがしたが、何故か金庫番のアーデルハイトは嫌な顔一つしなかった。
◇◇◇◇◇
統一歴566年2月中旬――。
「出発!」
リルバーン伯爵家の外交使節団はレーベ城を出発。
使節団の先頭には凛々しい騎乗での出で立ちのアーデルハイトが進む。
使節団長の私は、煌びやかな馬車で移動となった。
ちなみに今回イオはお留守番。
つい先日分かったのだが、どうやら懐妊したらしいのだ。
私達はのどかな畑の脇の街道を北西に進み、雪深い山々を越えて、懐かしいネヴィルの地に入ったのであった。