統一歴566年1月――。
新年の宴は王都の惨状から中止。
よって、今年は私だけで王都に来ていた。
恒例の大方針会議は王宮の大広間にて行われる。
上座の玉座には女王陛下が座り、テーブルに作戦地図、それを文武百官が取り囲んだ。
クロック侯爵は未だに西方戦線の陣中にいたため、私は臣下としては最も上座の席に案内された。
宰相のフィッシャー殿は流行病にて、臥せっているとのことだ。
高齢なので無理は出来ないといったところだろう。
そして、クロック派の若手貴族たちも戦地にいるので、会議場は空席も目立った。
「……ごほん、では始めまする」
進行役のオルコックが王国への賛辞を読み上げ、議長役の女王陛下に一礼した後、皆の方へ向き直った。
「我等は戦続きで苦難の時期を迎えておる。だが、しかし、憎きフレッチャー共和国の奴等には眼に物を見せてやらねばならぬ!」
「「そうだ! そうだ!」」
「共和国滅すべし!」
王都が焼き討ちにあったのだ。
共和国憎しといった声は、長年王国に仕えてきた譜代の貴族達から多数上がった。
声が静まるのを待って、オルコックは話を続けた。
「しかしだ、共和国は強大。そこで昔からの同盟国であるケード連盟と共に戦おうと思うのだがどうだろうか?」
「いい考えだ。それでいいと思う」
「わしもじゃ!」
貴族達の同意の声は大きい。
「……でだ、このケード連盟への行動作戦の交渉、リルバーン侯爵殿にお頼みできますまいか?」
私は急に話を振られて焦る。
そもそも私はこういった会議は苦手で、いつも寝たふりをしていたのだが、今回はそうもいかなかった。
議場の目線が一斉に私に集まる。
「……あ、雪解けの二月頃でよければ行って参りますが」
オルコック殿の顔が不満そうだ。
もっと早く行って来いといった雰囲気を感じる。
だが、共和国が実効支配しているジフの地は山が険しく雪が深い。
兵を起こすにしても三月が妥当だろう。
「わかり申した。では二月の出来るだけ早い時期にお願い申す」
「承った。では早速に用意してきまする」
私は外交要項を用意するといった理由で会議を中座した。
そして、病に臥せっているフィッシャー宮中伯の私邸へと向かったのであった。
◇◇◇◇◇
王宮から馬車で乗り付けると、入り口の衛士は私の顔を覚えてくれており、速やかにメイドが中へと案内してくれた。
「お邪魔します。お加減は如何ですか? 宰相閣下」
「おう、誰かと思えば、東の侯爵殿ではないか?」
宰相殿は少しお加減が良いようで、寝具に腰かけておられた。
痩せた細い手で小さな鈴が鳴らされ、メイドが二人分のお茶とビスケットを持ってくる。
「会議はどうであったかの?」
「……はぁ、ケード連盟と組んで、東の共和国への出陣が決まりそうです」
「ふむう。ここ数年戦が続いておるから、内政に励みたい時期ではあるがのう……」
「御意にございます」
老人はビスケットを一枚、口に入れて苦笑いした。
「だが、王都が焼き払われたのだ。それ相応の応酬をせねば国家として示しがつくまいて。ワシも若ければ参戦派に回ったやもしれぬ」
老人にしては珍しく主戦派を擁護した。
「ケードは味方してくれましょうか?」
「そこはお主の力次第ではあるまいかの?」
老人は少しうつむいて笑う。
今回の交渉役が私というのも見抜かれたらしい。
「どれだけ譲歩するかで、敵になるか味方になるかが決まろう。此度は多めに譲歩するしかないのぉ……」
「ありがとうございます」
宰相が「多めに譲歩していい」というのだ。
きっと王宮の内政官僚たちに手回ししてくれるのだろう。
私の肩の荷が少し軽くなる。
「あと、西へ出陣中のクロック侯爵殿達は未だに帰ってこられぬようです。彼等の兵があれば、ケード連盟に足元を見られますまいに……」
私は少し老人に愚痴を言ってみた。
「……あはは、彼らはもはや女王陛下より力を持っているやもしれぬ。きっと我等の苦労など考えてはくれぬだろうのぉ」
老人はそう言った後、少し咳き込み、寝具にて横になった。
「すまんが、失礼して横になるぞ」
「お気遣いなく」
「ワシももう長くないようじゃ。後任の宰相を陛下に推薦せねばのう……」
老人は窓の外の小鳥に目を移し、寂しそうにつぶやいた。
「いやいや、まだまだフィッシャー殿には王宮を支えて頂かねば!」
「あはは、有難う。だがこの病が治ったとて、老兵にはいずれ去らねばならぬ時期がある。ワシはそこだけは間違えたくないのだ……」
「……」
そう言った老人が、すぐに健やかな寝息をたてる。
私は老人を起こさぬ様に席を立ち、宰相殿の私邸をあとにしたのであった。
◇◇◇◇◇
私は宰相宅を出た後、王都を散策していた。
新たな街の整備計画を見学がてら、ウインドウショッピングを楽しむ。
心配していたシャンプールの街並みはだいぶ元に戻っていた。
新しい市街地計画に従い、古い区画は整備されつつある。
私は一通り見学を終えると、大きな店に入った。
奇麗な細工の櫛が目についたのだ。
イオへのお土産に買って帰ろう……。
「親父、この珊瑚の櫛は幾らだ?」
「流石はお貴族様、御目が高い。500テールになります」
私は革袋から大銀貨5枚を取り出し親父に渡す。
最近、この貴族らしい服で道を歩くことも多くなった。
良くも悪くも昔と変わったなあと、美しい夕焼けを見上げたのだった。