私はレーベの地を、ポコリナを伴って出立した。
目指す地は王都シャンプール。
王宮で剣術師範を務めているシュナイダー師匠に会いに行くためだった。
私は未だ瓦礫の残る王都の街並みを横に、王宮への道のりを歩いた。
王宮の騎士団の建物の一角に師匠の部屋はあった。
「よぉ、シンカー! 久しぶりだな!」
「ご無沙汰しております」
師匠は相変わらずの酒浸り。
床には酒瓶がゴロゴロと転がっている有様だった。
これでよく宮廷勤めができるものだと感心してしまう。
「……で、用はなんだ?」
「いえ、この頃、自らの力の無さを痛感しており、一段高い強さが欲しいのです! 是非ご指南頂きたい!」
「ふむう。……しかしの、貴族として民が苦しんでおるのを放置して、自らの修行などにうつつを抜かしても良いものかのぉ……? 王都では未だに民が焼け出され困窮しておるのだが……」
「仰せではございますが、王都は王家の管轄。私めが手をだす範囲ではございませぬ」
「……では、その王家を助けるのは臣下の努めであろう?」
「……はい」
「女王陛下から、現状を打破する知恵者を推挙せよという詔がある。ワシが推薦するから行って参れ! 解決するまで修行はまかりならん!」
「は、はい!」
酔っ払いの戯言かもしれないが、師匠の仰せならば断われぬ。
私は推薦状を携えて、王宮へと向かったのであった……。
◇◇◇◇◇
私は衛士に王宮を案内され、フィッシャー宮中伯の部屋へと案内された。
「失礼いたします」
「……おう、誰かと思えばリルバーン侯爵殿。何用かな?」
白髪の老人に、師匠から預かった推薦状を渡す。
「ははは、お主が宮中の財政を豊かにしてくれると? お主ら戦争屋が頼りにならぬから、王都が荒らされたのだがね……」
「申し訳ございませぬ」
現状、オルコック親衛隊長の率いる部隊は戻って来ていたが、クロック大元帥の部隊は未だに西方のガーランド商国と交戦中だ。
「いや、正直に言えば、リルバーン殿の帰還が遅ければ、王都防衛戦も危なかった。礼を申すぞ!」
「有難き幸せ」
畏まる私の横から、侍女が良い匂いのするお茶を勧めて来る。
私はそれを受けとり、少しすすり味わった。
「……でな、王宮直轄地の畑は被災。王都は焼け野原といった具合だ。知恵者にはその財源を探して欲しいのだが……」
宰相殿は「そのようなものに答えはないだろう?」といった具合に、私に質問してきた。
確かにその解を容易く求めるのには難しかった。
……私は少し頭をひねって、苦し気に口を開いた。
「王国内での鉄と塩の取引。これを王家が専売とすれば、王家の財源としては間違いないかと……」
「なんだと? お主正気か!?」
老宰相はテーブルを右手の手のひらで強く叩き、激情を露にした。
塩と鉄の専売は、各貴族家の貴重な財源であった。
そこに介入するというのは、反乱を恐れる王宮の政治家にとって禁忌といえた。
「王国領で一番に塩と鉄の専売で利益を上げているのは、あのクロック侯爵だぞ! それに二番目に利益をあげているのは、其方の家、リルバーン侯爵家であろう?」
「よくご存じで。……ですが、その二番目に利益を上げている侯爵家が、鉄と塩の専売権を王家に献じれば、ほかの諸侯もそれに従うのでありますまいか? それに……」
リルバーン家の収益の基板は、塩とそれによる塩魚の売却益が大きい。
さらに領内の鉄産業は、金採掘業に継ぐ利益を稼ぎ出していたのだ。
「……それに? なんだ?」
「クロック侯爵は、いまも戦地。王都損壊に比類するほどの戦果はあげておりませぬ。好機かと?」
「本当に、リルバーン家は率先して塩と鉄の利益を手放すのか?」
「はい! ですが、期間は三年でご勘弁願いたい」
「わかった。恩に着る」
この「リルバーン家の忠義」といわれる「鉄と塩の専売案」は、難航していた王都の復興予算に光明となる。
利権を大きく持つ侯爵家の意向は無視できず、他の利権ある貴族家も3年の間、平和裏に減収に甘んじることとなったのであった。
◇◇◇◇◇
三日後の騎士団寮の一角。
私は師匠に呼び出されていた。
「うはは! 侯爵殿の此度の献策! お見事、お見事!」
「……あはは」
私は後で家宰のアーデルハイトに怒られることを考えると胃が痛く、苦笑いしかできない。
だが、シュナイダー師匠はご褒美も私に授けてくれた。
「……こ、これは?」
以前に見たことのある小さなガラス瓶。
中には虹色の液体が入っていた。
「……ふふふ、例の魔法薬じゃよ。効能はわからんがの。王都の廃墟をうろうろしていて見つけたのじゃ。……ほしいか?」
「是非にも!」
私は跪いて乞うた。
「侯爵ともあろうものが、卑しいものじゃの……」
師匠は私の卑しい態度を笑った。
だが、私は元から卑しい身。
捨てるものなどない……。
「是非にも、授けてくだされ!」
「わかった。お主の大功績に報いるとしよう!」
私は師匠から小瓶を受け取ると、一気飲みした。
……この魔法力、我が力と成れ!
私は強く念じて飲んだのだった。
飲み終わった私を見て、師匠は首を傾げた。
「だがのう、シンカー。その薬が力を顕現するには時間がかかる。その前に今使える魔法を強化しようとするかのう……」
「……あ、有難き幸せ!」
そうして訓練場に出向くかと思えば、机と椅子が用意された。
「シンカーよ、まずは座学じゃ!」
「……!?」
座学苦手なんだよなぁ……。