統一歴565年8月中旬――。
太陽の日差しが厳しい頃合い。
フレッチャー共和国軍、シャンプール包囲部隊の本陣。
煌びやかな甲冑を纏った諸将たちが集い、諸問題を討議していた。
「申し上げます! また本国からの輸送部隊が襲われました!」
「またか!? 小賢しい!」
共和国軍は、王都シャンプールの外郭の城壁を突破したが、王宮のそびえ立つ城塔群を攻略できないでいた。
「略奪による食料の調達も上手くいっておりません。このままでは我が軍は飢え死にいたしますぞ!」
諸将からの報告に、共和国軍の総指揮官であるキンバリー=コレット大将軍は決断した。
「やむを得ん、撤収するぞ! だが、小賢しいオーウェンの奴等に目に物を見せてくれん。奴等の王都に油をまいて火を放て! 奴らに我等の恐ろしさを見せつけるのだ!」
「はっ」
共和国の執政官の弟であるキンバリーは、王都シャンプールに大々的に火を放った。
この炎は大火を呼び、王国の貴重な建築物を次々に灰にしていったのだった。
……だが、この行為は貴重な時間を浪費してしまう。
「大将軍! 大変です! 王国軍が現れました!」
「なんだと!?」
この時ついに、西へ派兵していた王国軍の一部が戻ってきたのであった。
王国軍2万を率いるのは、女王の親衛隊長であるオルコック。
彼の率いる部隊は、王都を焼き払われたことに、怒りが充満していたのであった。
◇◇◇◇◇
その日の夕方――。
両軍は見通しの良いラムール平原で激突した。
「敵の方が数は少ない。鶴翼の陣形を敷いて包囲殲滅してやれ!」
「はっ」
大将軍キンバリーは兵力差を活かし、伝令を出し両翼を広げようとした。
だが、食料不足で兵卒たちの士気は低く、軍としての動きは鈍かった。
さらに兵たちは略奪したものを、沢山背負っている有様であった。
「大将軍、大変です! 兵たちが逃げていきます!」
「馬鹿な! こちらの方が大軍なのだぞ!」
共和国は国力が大きいが、そのためもあって、ここ10年は大きな戦を経験していなかった。
そのため、兵卒どころか前線の多くの下級指揮官たちも、この戦が初陣といった状態だったのだ。
さらに言えば、彼らは王国の住民を捕虜として何千人も持ち帰ろうとしており、共和国軍は軍隊というより、巨大な隊商の集まりといった様相だったのだ。
「掛かれ!」
オルコック率いる王国軍は、騎兵隊を先頭に突撃を敢行。
馬に乗った騎士たちが、巨大なランスを掲げて突っ込んでいったのだった。
「逃げろ! 逃げろ!」
新米の共和国の下級指揮官たちに、兵卒たちの脱走をとめる術はない。
下級指揮官たちも命惜しさに、次々と逃げ散っていく。
「馬鹿者、逃げるな!」
流石に騎士や貴族たちは戦場に踏みとどまろうとするが、それは単に王国軍の格好な餌になるだけだった。
だが、王国軍も数では負けるため、戦況を完全に押し切るだけの決定打には欠ける状況だった。
両軍が激突して二時間を経過。
双方とも疲労の色合いが濃くなった頃合い。
「大将軍! 敵が背後にも現れました。その数不明」
「どこの小貴族だ?」
「……そ、それが、オーウェン連合王国の王家の旗が並んでおりまする!」
「ば、馬鹿な? 敵の女王は未だ城に籠っておるはず! なぜ背後に現れるのだ?」
キンバリー大将軍は本陣をでて、自ら背後の敵部隊を、遠眼鏡をつかって見た。
「……なんと?」
そこには王家の旗どころか、白馬に跨った女王シャーロットの姿もあったのだ。
大将軍の背中に冷たい汗が流れる。
「……い、いかん! 王国の奴等に嵌められた!」
「如何いたしましょう?」
「余は逃げる! 皆の者は余の撤退を援護せよ!」
「……は!?」
無茶な命令に、流石の伝令も耳を疑い、聞き返した。
「二度も言わせるな!」
「はっ」
……大将軍逃げる!
この知らせは共和国軍の士気をどん底まで下げ、それに対して王国軍の士気を大きく引き上げた。
「なんだと? 大将軍は前線の我等を見捨てるのか?」
「我等も逃げるぞ! 荷物を纏めよ!」
「はっ」
前線で頑張っていた共和国軍の貴族達も、戦線を放棄して撤退の準備に取り掛かる。
だが、略奪した荷物が多すぎて、準備が捗らない。
「逃げろ!」
その様子を見た従者や傭兵たちは、次々に主人を見捨てて逃げ散っていく。
もはや、共和国軍全軍は、恐怖という狂乱の渦に巻き込まれていったのだった。
◇◇◇◇◇
遡ること二日前――。
私は、女王陛下の直々の出陣をお願いしていた。
そして、その願いは聞き入れられた。
その頃になると、旧臣たちの部隊も撤退を完了しており、全軍を整えたうえで、親衛隊長オルコックとの会合地であるラムール平原を目指した。
私はラムール平原が見渡せる丘陵に布陣。
女王陛下に、そのお姿が敵にも味方にも見えるように、最前列に出てもらった。
そして、王家の旗も敵味方に見える様、前に押し立てたのだった。
「敵が潰走しております!」
「お味方が優勢ですぞ!」
「……ああ」
背後にいきなり敵軍が見えた上、いるはずのないところに女王の姿が見えたのだ。
私が敵でも驚愕する他ない。
「……では、我等もいくぞ! 掛かれ!」
「「おう!」」
リルバーン家率いる三千の軍は、派手に太鼓や銅鑼を打ち鳴らし、共和国軍の後背に突撃。
敵の退路を脅かすことによって、敵軍の心理に致命的な一撃を与えたのだった。
……ん?
あの男は……。
コメットに乗り、突撃する私の横を、敵の貴族が駆け抜けていく。
服装からしてかなりの大身の大貴族だろう。
「待てい! 待てい!」
私はコメットに、敵の大貴族を追うように命令。
そして、愛剣ロングソードを高らかに振りかぶったのだった。