私は海路を急いでエウロパの港に帰投。
急いで陸路を不眠の強行軍とし、レーベまでたどり着いたのは未明であった。
「お前様どうしたのです?」
「敵が迫っているというのはまことか?」
「はい左様です! 共和国の軍勢は既に国境境を越えたとの事。 村々の者は既に退避しております」
侍女が慌ててそう言う。
あの捕虜の情報は正しかったのだ。
急いでもどってきた甲斐はあった。
敵に備え、城には篝火が多く焚かれている。
きっと侍女たちが気を利かせてくれたのであろう。
「城の守りを急ぎ固めよ!」
「跳ね橋を上げよ!」
兵を急ぎ収納させ、門を固く閉ざす。
非常時の為に、矢や食料は十分とは言えずとも、ある程度の備えはあったのだ。
「急ぎシャンプールの王宮に使者をだせ! 至急援軍を頼むのだ!」
「ははっ」
早馬が朝日を浴びて、早馬が駆けていく。
王宮も王宮で防御の兵が必要だろう。
あまり援軍は望めないかもしれない……。
「共和国軍、接近!」
城塔の上の見張りが叫ぶ。
レーベ城において初めての防衛戦が展開しようとしていたのだった。
◇◇◇◇◇
統一歴565年7月――。
フレッチャー共和国は、オーウェン連合王国との不可侵条約を破棄。
四万の大軍をもってして国境境を越えたのであった。
共和国軍は、王国領東端のリルバーン伯爵領に北側より侵入。
リルバーン家の西側の領地の村々に一斉に火を放った。
「なんだあれは?」
「以前は、あのようなものは無かったはず!」
共和国軍の将官達はレーベの城をみて驚く。
それは今年に完成した建物。
知らぬものが驚くのは仕方なかったのだ。
「意外に堅固そうだのう」
「左様で……」
「あのような小城、落としても財貨は期待できぬ! まずは王都を目指すぞ!」
共和国軍の首脳部は、まずは首都シャンプールへの攻撃を第一目的にし、そこへ主力三万名を差し向け、残り一万名をレーベ城の攻略部隊としたのであった。
◇◇◇◇◇
「一万ともなると壮観だのぅ……」
「はっ、左様で……」
私は敵の陣地を眺め、副将格のアーデルハイトにそう呟く。
こちらの城の兵は約二千。
防御側が三倍有利と考えても、相手が一万ともなると不利は否めないのであった。
陽がしっかりと上った頃。
共和国軍は攻撃を開始してきたのであった。
銅鑼が鳴り、戦太鼓が連打される。
梯子を担いだ共和国軍の兵士が殺到してくる。
「……し、将軍!?」
「いや、まだだ。引きつけろ」
一万に及ぶ敵軍の殺到に慌てるアーデルハイト。
だが、私は反撃を待つ様に指示する。
そして敵が空堀に足を踏み入れようとした頃合い、私は攻撃を指示したのだ。
「弓隊放て!」
一斉に引き絞られた矢が放たれる。
敵は空堀の中なので防御態勢をとれず、多くが矢の餌食となった。
「……ぬ!? 小癪な! 一旦退け退け!」
共和国の指揮官がそう命じるも、レーベ城の濠は小城にしては意外にも広く深く、進むにも退くにも難しい地形であった。
そこへ更なる追い打ちの矢が、雨の様に浴びせられる。
共和国の兵士たちは進退窮まり、ハリネズミのような躯を多く晒したのであった。
「あはは、勇気無き臆病者たちよ、さっさと故郷の母ちゃんの元へと帰れ!」
私は門の上の櫓で、自慢の大声で、逃げる敵兵を罵倒した。
それに続き、周りの下級兵士たちも、敵軍に汚い罵声を浴びせ続けた。
「あの様な下賤の者たちに罵倒される事、我慢ならぬ! かかれ、かかれ!」
意外なことにこの挑発。
敵の指揮官に対し、大いに成果を出した。
私の出生の卑しさの勝利かもしれない……。
「放て! 一兵たりとも生きて返すな!」
敵の再びの攻撃に際し、城郭から矢が雨のように降り注ぐ。
が、今度は後退の命令がない。
敵は多大な損害を出しつつも、城壁に梯子を掛けた。
「石を落とせ! 熱湯を浴びせよ!」
今度は矢に加え、城壁から大きなが落とされる。
大きな石の下敷きになる敵兵が続出した。
とくにポコリナの養子であるミスリルゴーレムは、人が持ち得ぬ怪力で次々と岩を落とし、敵軍を恐怖足らしめたのであった。
レーベ城も堅固であったが、共和国が苦戦するのには他にも理由があった。
共和国軍は魔法使いの比率が高く、その分、攻城兵器をあまり持たなかったのだ。
しかも、頼みの魔法使いたちの多くは、シャンプールへ向かった主力に多くが在籍し、このレーベ城攻略部隊にはあまりいなかったのだ。
そのため、野戦用装備の兵士たちが梯子を頼みに突撃を繰り返し、大損害を出していたのであった。
攻撃の応酬は日の入りまで続き、多くの兵士たちが犠牲になったのであった。
◇◇◇◇◇
月が雲に隠れる深夜。
共和国軍の兵士が寝静まった頃合い。
「狼煙を上げよ!」
私は魔法の粉の入った狼煙を上げさせる。
それは、小さな照明弾の様に夜空を照らした。
「掛かれ!」
この合図に応じたのは、あらかじめ城外の林の中に身を伏せていたナタラージャ率いる100名の竜騎士隊と、スタロン率いる200名の騎兵隊。
彼等はこの時を待っていたのだ。
地形に習熟した夜襲部隊は、見張りの少ない敵陣後背より襲撃。
そして、見張りをまず真っ先に血祭りにあげる。
さらに、補給物資などに火を掛けつつ、敵本陣を急襲、指揮系統をズタズタにしたのだった。
「我等も行くぞ!」
「はっ」
奇襲が成功したのを確認し、私は総攻撃の命令を出した。
レーベ城の吊り橋が降ろされ、城門が開く。
リルバーン伯爵家の主力部隊は、混乱した獲物に猛獣のように襲い掛かったのであった。