両軍が要塞都市サラマンダーで攻防戦をしている頃。
私は交易都市アマツの攻略を命じられていた。
「出立!」
ラゲタに防衛の兵を残し、率いる兵は約六千。
パン伯爵を副将に据え、海岸沿いを西へ西へと進軍したのであった。
「敵は出てきますかな?」
スタロンがそう聞いてくる。
商国のこの地方の戦線は崩壊しており、組織的な迎撃の可能性は低いと考えられていた。
だが、交易都市アマツには城壁をはじめとした防御施設はなく、敵側がとりうる有効な戦術は限られていた。
「警戒を怠るなよ!」
「はっ」
私は海側に輜重隊、その次に下級指揮官である騎士隊、もっとも外側に傭兵部隊を配置し、敵の襲撃に備える行軍隊形としていた。
特に夜の警戒は厳重にし、篝火を沢山焚いて敵の夜襲に備えたのであった。
「幕舎を畳め、進軍するぞ!」
「はっ!」
ラゲタを出発して4日目の夕方。
我々はアマツの防衛部隊と遭遇したのであった。
◇◇◇◇◇
アマツの街並みを背に、敵兵約500名が陣を敷いていた。
戦力比率が六千対五百では話にならない。
私は敵軍に降伏を促すことにした。
「そのような寡兵では勝負にならぬ。そうそうに降伏せい!」
「五月蠅いわ! 東の蛮族に降伏する者なぞおらんわ!」
だが、敵の戦意は旺盛。
いや、この場合は蛮勇と言うべきかもしれない。
「やむを得ぬ。掛かれ!」
私は攻撃を命令。
突撃の合図である銅鑼が鳴らされ、騎乗の騎士を中心に突撃。
その威容を見て、敵方の歩兵部隊はあっという間に逃散してしまった。
「掛かれ!」
「恩賞は思いのままぞ!」
戦場に踏みとどまる支配層の騎士達。
彼等はあっという間に我が方に包囲され、残らず捕虜となったのであった。
◇◇◇◇◇
「アマツへの攻撃は明日にする。各隊キャンプの用意をしろ」
「はっ」
そう命令し、各隊が幕舎を張った頃。
スタロンが息を切らし、凄い血相でやってきた。
「どうした? 敵か?」
「いえ、敵の捕虜の尋問により、火急の事態が!」
「なんだ?」
「……そ、それが。話によると、共和国が東より我が国へ攻めて来るとの情報が!」
「なんだと!?」
フレッチャー共和国と我が国は不戦協定が結ばれていたため、留守居の部隊はほとんど残されていない。
この情報が本当であれば、とんでもない事であった。
「すぐにその捕虜を連れてこい!」
「はっ」
捕虜は急ぎ引き立てられ、私の元へと連れてこられた。
普通の騎士にしては身なりが良い、男爵といったところだろう。
「フレッチャー共和国の侵攻、本当のことか!?」
そう聞くと、捕虜はにやりと笑う。
「うはは、本当かどうかは自分で確かめたらどうだ? 悪戯に迷う時間の分だけ、貴様等の領地が火に包まれるだけだ!」
「……くっ」
嫌なこというやつだ。
まぁ敵なので、そういうものであるのだが……。
「将軍、どうなさいますか?」
アーデルハイトが急かすように聞いてくる。
共和国の侵攻劇、もし本当ならば、きっと商国が糸を引いているに違いない。
……だがこの話、本当なのだろうか?
この捕虜の話が、真っ赤な嘘と言うことも十分に考えられることであった。
「アーデルハイト! 皆を集めよ。軍議を開く!」
「はっ!」
私はパン伯爵や旧臣たちを集め、軍議を開くことにしたのであった。
◇◇◇◇◇
オーウェン連合王国リルバーン家本営。
テーブルに燭台が置かれ、周辺地域の地図が広げられていた。
「……し、しかし、虚報ならば、我々はアマツを放棄することになりますぞ!」
こう発言したのはモルトケ。
旧臣たちを代表した意見であった。
この世界の軍隊はいわば夜盗の群れ。
占領地の略奪は当然の戦利品なのである。
目と鼻の先にあるアマツは豊かな交易都市。
その戦利品は誰の目から見ても莫大なものになるはずであった。
「まずは確認のための急使を!」
「それはすでに出してある。だがそれを待っていては、被害が拡大しかねんということだ!」
しかも、我がリルバーン家は東の果て。
共和国からの攻勢を真っ先に受ける地であったのだ。
さらに言えば、王国の首都シャンプールも支配地全体から見れば東端。
戦略的に見ても、使者の帰るのをただ待つわけにはいかないと考えられたのだ。
「軍を半分に分けては?」
こう提案したのはアーデルハイト。
しかし、旧臣たちが異を唱えた。
「軍を分けるなど、愚の骨頂! 戦力の集中投入こそ戦略の全てですぞ!」
……、まぁそうなのだけどな。
そうできる時だけでもないわけで……。
不明瞭な情報の中での決断こそ、指揮官の本領であったのだ。
「よし、軍を二手に分ける!」
「はっ」
「パン伯爵を主力として4000名をアマツ攻略部隊とする。私が率いる2000名は急ぎ海路を確保し、撤退する」
「ははっ」
この命令に真っ先に従ってくれたのは、副将格のパン伯爵。
皆の異論を封殺する行動であった。
……やはり、ヤツはできる男だ。
「……では、引くぞ!」
「はっ」
パン伯爵の領地は、王国の支配地でも西側。
すぐに戦火が及ぶ地ではないとの、私の判断であった。
私が率いたリルバーン家の主力部隊はラゲタへと帰投。
急ぎ船を調達し、海路から急いでエウロパの港を目指したのだった。