激しく雨の降る中。
私は酔ったアーデルハイトをおぶって歩いていた。
「……あ、将軍。申し訳ありません」
どうやら彼女は目覚めた様だった。
私は彼女を座らせ、野戦携帯用の水袋の水を飲ませた。
「嬉しゅうございました」
「なんの話?」
私は少し落ち着いた様子の彼女に尋ねた。
「私の夫と仰ってくださって。うふふ……」
彼女はまだ酔っているようだ。
私は再び彼女を背中におぶると、ゆっくりと政庁まで戻ったのであった。
◇◇◇◇◇
私は眠い眼をこすり、目を覚ました。
窓から見える空は暗い。
まだ朝ではないようだ。
「……昨日は飲みすぎたな。うん?」
自室ではない。
……ここは何処だ?
しかも私の隣で誰かが寝息を立てていた。
アーデルハイトだ。
こうして近くで見ていると、可愛い寝顔がイオそっくりだった。
……て、落ち着いている場合か?
「……あ、将軍。お目覚めになりましたか?」
「あ、あ、うん。良く寝れたよ。うん……」
「良かったです」
「てか、私は昨晩なにをしたんだろう?」
「……えと、ずぶ濡れだったので、私と熱いお風呂に入りましたよ」
「そ、その後は?」
「仲良く眠っただけですよ?」
「何も無かったの?」
私は、勇気をふり絞って聞いてみた。
「残念ながら……、何も……」
どうやら、何もなかったようだ。
私が寝具より這い出ようとすると、イオとは違うしっかりした腕が私を掴んだ。
上体を起こした彼女は一糸まとわぬ姿だ。
「折角ですもの。朝までゆっくり語り合いましょう? 私に夢の続きを見せてください」
この彼女の所作で、私は腹を括った。
優しく彼女の体を抱きしめ、熱い口づけを交わしたのであった。
「ああ分かった。とっておきの夢を見せてあげよう」
「うれしい!」
◇◇◇◇◇
翌日――。
政庁の離れの一室で、私はスタロンと酒を飲みかわし、昨日のことを相談してみた。
「まぁ、家宰殿が将軍に惚れていたのは薄々案じておりましたし、いい結果になったのではないでしょうか?」
「……え? そうだったの?」
「大方の者が気付いていたと思います。それに貴族様というものは、時には領内の娘をかどわかす者も多いのです。そんなのにくらべれば、全然驚くに値しない目出度い案件だと思います」
「そうか……」
私はそう諭され、午後から執務室で仕事をすることにした。
隣のテーブルにはアーデルハイトが書類整理をしている。
どうやら彼女はプライベート時と仕事をはっきり分ける人物のようだった。
◇◇◇◇◇
三日後――。
空は青く澄み渡り、久々の晴天であった。
私は護衛のナタラージャを連れ、古い街並みの工房地帯を見てまわった。
金槌の音があちこちで聞こえ、活況であることを感じさせた。
工房地帯は海側に面しており、交易などの為、港湾に近いところに密集していたのだ。
「この辺が武器工房かな?」
「そうですね」
ここで私は噂に聞く、武器鍛冶師ウドゥンを尋ねたのだ。
「お邪魔するよ」
「……」
「お邪魔しますね」
「……」
鍛冶師のウドゥンらしき人物の家を訪ね、鉄を鍛えている男に話しかけるも反応がない。
「入りますよ」
「……」
男は無言なので、私とナタラージャは勝手に工房に立ち入ったのだった。
「何のようだ?」
無言の男は突然口を開いた。
「実は私、遥か東の地レーベの領主をしておりまして、ミスリルの鉱脈を発見したのです。
ですが精錬に手間取っておりまして、お力をお借りしたく……」
「帰れ!」
「なんだと!?」
男の無粋な反応にナタラージャが激高する。
私は彼女を宥めながら、男の目の前に土産を置いた。
「また来るよ。邪魔したな」
「……」
無愛想な男ウドゥンに別れを告げ、私たちは工房地帯を離れたのであった。
政庁への帰り道。
大通りの繁華街へと出る。
古都とは言え街は賑やかで人通りも多く、先日までの戦闘を思わせない活況さであった。
「……それ欲しいの?」
「……う、うん」
ナタラージャが見つめる先には、お姫様をかたどったお人形。
私は店の親父に値札にあった小銀貨を6枚払い、お人形をナタラージャに手渡した。
「ありがとうございます! でも皆には内緒でお願いします。部隊長の私がお人形を求めたとあっては、恥ずかしくてたまりません!」
「ああ、内緒にしておくよ」
その後――。
私とナタラージャは、行きつけの宿屋の食堂で海鮮料理をたらふく食べ、政庁へと戻ったのであった。
……意外なことだが、翌日。
アーデルハイトを連れて工房巡りをした帰り、色違いで同じお人形をせがまれたことだ。
戦場での勇敢さ、鋭利な政務ぶり、そのいずれもが見た目によらないということであった……。
◇◇◇◇◇
その晩――。
外は雨が降っていた。
そろそろ6月だから、王国では梅雨の時期。
多分、ここ商国でも同じだろうと思われた。
「……はぁ、極楽極楽」
ここラゲタの政庁には、高価な魔石式釜の大きな湯船があったのだ。
私はこの施設がお気に入りで、毎日利用しているのであった。
「……お、お背中流しますわ」
振り向くと薄絹を纏ったアーデルハイトの姿があった。
少しうつむき加減で、頬を濃い桜色に染めている。
この人、政務中と全然雰囲気が違って、ギャップが凄いんだよなぁ……。
「……お願いします」
私は素直に応じ、彼女にすべてを任せたのだった。