統一歴565年4月――。
オルコック率いる王国正面軍は、港湾都市ラゲタを包囲した。
ただ一角、海側の一部は包囲を免れたのだが……。
「掛かれ!」
女王の親衛隊長オルコックは指揮下の全軍に攻撃に出る様命じた。
我がリルバーン家は、海側に近い最左翼を担当していた。
リルバーン家の軍隊は、竜騎士100名、騎兵300名、弓兵600名、歩兵2000名の計3000名である。
さらに非戦闘員として輜重隊を、別途250名雇っていた。
城攻めの時は、騎兵なども馬を降りて戦うが、どちらかと言うと野戦向きの軍隊編成であった、
「弓隊、放て!」
各部隊を掩護するために矢が放たれる。
今回も攻城塔、破城槌などが投入されたが、城壁の手前などに配置された濠や阻塞などに阻まれ、効果的に使用できるのは投石器だけという状態であった。
「反撃せよ!」
城壁の上に備え付けられたバリスタが、大きな矢や石弾を放ち、次々に王国軍の攻城兵器を破壊していった。
「怯むな! 突撃せよ!」
王国軍の兵士たちは、弓隊の援護の下、城壁に梯子を掛けてよじ登るが、上から石や熱湯を掛けられ、攻勢は全域で失敗に終わっていたのであった。
「むむむ、一旦退け、体制をたてなおす!」
「はっ」
総司令官オルコックの陣所から、伝令が各地にとび、攻勢は一旦中止となったのであった。
◇◇◇◇◇
その晩――。
王国軍本営幕舎内。
蝋燭が沢山掲げられ、将校たちの顔を明るく照らす。
「どうしたものか? このままでは落ちぬぞ!」
総指揮官のオルコックは声を荒げた。
攻城兵器が多く壊されたのもあって、諸将も黙り込んでいた。
「どうでしょう? この手などは?……」
おもむろに口を開いたのはパン伯爵。
彼の提案した作戦は、通称モグラ攻め。
トンネルを掘って、敵の城壁の裏側にまで潜り込む作戦だった。
だが、これには難点があった。
時間がかかり過ぎるのである……。
「私も賛成です。無理押しは被害が多すぎます!」
私もパン伯爵に賛同。
モグラ攻めに同意した。
「しかし、このままではクロック侯爵に全部の手柄を取られてしまうぞ!」
ここで反対してきたのは、いままで非戦派閥であった地方領主たち。
先の防衛陣地攻略で、士気が上がっていたのであった。
「よし、左翼のリルバーン将軍とパン伯爵はモグラ攻め。中央と右翼は通常攻撃とする!」
「はっ」
軍議は決し、その後、細かい部分が詰められた。
結果、攻城兵器は右翼に集められ、基本的に他戦線は援護に回るという方針となったのだった。
◇◇◇◇◇
翌朝――。
攻勢は再開。
だが、左翼のリルバーン陣地は他と異なる。
「土を盛って防塞を築け!」
「はっ」
私は兵たちに、穴を掘る者たちが攻撃されないよう、簡易の陣地を作ることを命じた。
「ポコ~♪」
「ガウウウ……」
土木部隊でもひときわ目立つ甲冑を着た大男がいた。
彼は大量の土砂をいとも簡単に運ぶ。
実は甲冑の中身は、ポコの義理の息子のミスリルゴーレムだ。
魔物だとバレないように大きな甲冑を着せているが、これ以上大きくなったらどうしようという不安がある。
それはともかく、彼のお陰で土木工事は恐ろしく捗った。
「次は穴掘りだ! 城側を恐れさせよ!」
「はっ!」
防塁を築いた後はトンネル掘削。
ここでもミスリルゴーレムは大奮闘。
勢いよくトンネルは掘られていく。
この状況。
城側も薄々感づいており、不気味な気持ちにさせられていく。
だが、こちらの右翼が大攻勢をかけていることもあり、こちらの戦線からは防衛兵が引き抜かれているようであった。
◇◇◇◇◇
掘削開始から5日後――。
リルバーン伯爵本営。
「将軍、城壁の下にも多数の石片が埋まっている模様!」
「なんだと!」
伝令からの報告によると、城壁の下を掘り進むも、城壁の下にも瓦礫が埋め込まれており、掘削工事が難航するとのことだった。
流石は古の大都市、きめ細やかな防御が施さている。
「工事している者たちに伝えよ、ゆっくりやれと!」
「はっ!」
右翼が猛攻撃しているのに、手抜きをしているようで申し訳ないが、モグラ攻めは心理的効果が大きいのだ。
私は不謹慎にも、幕舎の中でゴロゴロしていた。
これ以上手柄を立てても、上の位は侯爵。
幾らなんでも、宮廷貴族たちが傭兵上がりの私を、侯爵にまで取り立てるとは思わなかったのである。
私は夜もスタロンなどと酒を酌み交わし、のんびりと情勢を眺めていたのだった。
◇◇◇◇◇
それから二日後――。
空からは雨粒が落ちて来る。
「パン伯爵から伝令でございます!」
「なんだ!?」
伝令が持ってきた羊皮紙を読むと、城壁の裏側には水堀が掘られており、掘り進むのは危険とのことだった。
トンネルへ水が流入し、伯爵の兵士に溺死したものが多数とのことだった。
「坑道を掘るのを急ぎ中止せよ!」
「はっ!」
この命令がギリギリ遅く、リルバーン家の掘っていたトンネルにも水が入ってきた。
知らせのお陰でおぼれ死んだ者はいなかったが、掘ったトンネルは水浸しで使い物にならなくなったのであった。
「総司令官から、諸将にご参集の御下知にございます!」
「わかった、参ると伝えてくれ」
「はっ」
モグラ攻め作戦は完全に失敗だ。
私は責任を問われる立場になったのであった。