「掛かれ!」
親衛隊長オルコック率いるオーウェン連合王国軍は、隷下の全戦線で一斉に攻撃した。
銅鑼が割れるほど叩きならされ、戦太鼓も連打される。
喚声は怒号となって敵を圧倒したのであった。
「いくぞ!」
私も徒歩となり前線に出て兵を指揮。
さらに、ミスリル銀で出来た特注の短弓で、城壁の上の敵兵を次々に射落とした。
敵城の城壁には梯子が駆けられ、我先にと味方が昇る。
城壁の上では激しい白兵戦が起こるが、数に勝る味方が優勢であった。
「続け!」
我が方は、小隊を束ねる下級指揮官たちの士気も高い。
私は味方の優勢を確認すると、部隊の状況把握に専念するため、後方にさがったのだった。
「状況はどうだ?」
「はっ、お味方優勢。勝ちは間違いないかと!」
他の誰かがそう言っても信じないが、歴戦傭兵出身のスタロンがそう言うのだ。
私も勝利を確信した。
「えいえいお~」
こうして、国境沿いに作られた敵の防御施設群は次々に陥落。
当初、硬直した戦いになると思われた初戦は、準備の差が顕著に現れ、我が軍の大勝利となったのであった。
◇◇◇◇◇
その晩――。
防御施設を陥落させた我が方の兵士は、あちこちで勝利の宴を開いた。
軍の輜重隊から、粗末ではあるが、少量の肉と酒が振舞われた。
もちろん夜襲に備える歩哨は交代で立たせてある。
緊張の糸は必ず切れるモノ。
キリの良いところで、兵士の精神と体を休めるのは大切なことだったのだ。
「将軍、よろしいですか?」
「ああ」
幕舎で事務仕事をしていたところに、甲冑を纏ったナタラージャがやって来る。
彼女の率いる竜騎士隊は、野戦では強いが、攻城戦では出番が無かった。
「皆の者、今宵はご苦労。もう休め!」
「はっ」
私は護衛役の二名の少年兵を下がらせた。
彼女はそれを確認すると、甲冑を脱ぎ、下着姿になって私の服を掴んできた。
「寂しい」
「ああ、それじゃあ、もう休むか」
「……はい」
ナタラージャの秘密と言って差し支えないこと。
それは、彼女は戦場での夜が怖いということだ。
夜襲で故郷を滅ぼされたことが、未だにトラウマとのことだった。
私はナタラージャを抱きかかえ、簡易寝具の中へと潜り込む。
彼女はまだ若く、イオほど膨らみは無いが、ほどよく筋肉のついた男好みのする体をしていた。
……だが、戦場での朝は早い。
そう思いつつも、夜戦は夜戦でこなしてしまったのであった。
◇◇◇◇◇
翌朝――。
オルコック率いる王国軍正面部隊は、本国との海路での補給路を確保するため、一旦南西へと向かうことになったのだった。
「進発!」
兵たちは幕舎を畳み、整列。
整然とした縦隊となって行軍していった。
それから、二回ほど夜を越した後。
我々は海が見える丘に到達した。
そこには同時に、ガーランド商国の港湾都市、ラゲタも見えていた。
ラゲタは古い街ながらも、街の全周を城壁が取り囲む要塞の態を成していた。
最近の多くの取引は王都グスタフで行われるため、ラゲタは衰退していると噂されていたが、その歴史豊かな街並みは、文化人たちにも愛されていたのだった。
「止まれ! ここで宿営する。準備を急げ!」
「はっ!」
指揮官の命により、兵士たちは急ぎ散開。
馬車から資材を受領し、次々とキャンプを設営していったのだった。
◇◇◇◇◇
その晩の軍議会場――。
拡げた地図の横の蝋燭に、羽虫が飛び交う。
「総大将、あの都市は文化的な要地です。まずは降伏勧告がよろしいかと……」
私は珍しくオルコックにそう進言した。
「あはは、流石は将軍ともあると、文化も愛でるようになるか? もはや傭兵時分の気分は抜けたか? いや失敬!」
オルコックはやや失言を恥じた様だが、私としてはそういった感情は無い。
実は今回は戦地にいない女王陛下から、ラゲタだけは焼かぬ様、と仰せつかっていのだ。
「将軍の申される通り。ここは使者をたてましょう!」
私と同意見なのは、パン伯爵。
王都シャンプールから遠い、ファーガソン地方の中堅領主だ。
彼はゲリラ戦が得意で、王宮政治的には非主流派の貴族である。
「よし分かった。それにふさわしい聖職者を選ぼう」
参謀役のパン伯爵の意見もあって、オルコックは降伏勧告の使者をたてることにした。
外交使者に聖職者をたてるのは、文字が読める教養者であり、語学や法律を解せるからであった。
ちなみに私は、戦場で使う文字以外は、簡単な文字しか読めない。
現在、鋭意勉強中なのである。
基本的に庶民の識字率はそんなものである。
私は難しい文章を貰うと、いつもアーデルハイトに読んでもらっているのだ。
こうして、近くの村の聖堂から聖職者が選ばれ、降伏の使者としてラゲタへと向かったのであった。
◇◇◇◇◇
三日後――。
オルコック本営幕舎。
諸将が居並ぶ前で、使者役の聖職者が相手側の返答を述べる予定だった。
聖職者が入って来ると、一同息をのんだ。
「許さん! 皆殺しだ!」
話を聞くまでもなくオルコックが激怒した。
使者役の僧侶の額には、「恥知らず者」という意味の焼き印が押されていたのだ。
「急ぎ手当をしてやれ!」
「はっ」
聖職者は急ぎ、従軍医療班の元へ運ばれた。
私は、聖職者が持っていた相手側の返事が書かれた羊皮紙を拾って読んでみても、徹底抗戦するとの旨が書かれていたのみであった。
「近隣の村々を焼き払え!」
「はっ」
敵に侮られたと感じた総司令官のオルコックは、諸将に周辺地域の村々への略奪を許可した。
残虐な命令だが、これを楽しみにしている下級兵士や傭兵達は多い。
危険のわりに給料は少ないし、食事の量も質も悪いからだ。
こうして、近隣の村々は焼かれ、大切な家畜や食料は強奪された。
村人の幾らかは逃げ遅れ、従軍していた奴隷商人たちに売り払われた。
この世界で、敵軍に侵入されるということは、まさにこういうことなのであった。