統一歴564年11月――。
王宮の政庁においては、西方出兵派と和平派が議論を戦わせていたが結論は出ず、結果としてここ二年間の戦乱から、ようやっと領民たちに久々に平和な時が訪れていたのであった。
リルバーン家においてもおおむね平和であり、しばしば行う軍事訓練のみが物々しさを思い起こさせていた。
「お前様、暇なら大魔法使いのアリアス様に魔法を習ってきては如何ですか?」
「……あ、はい、そうします」
執務室でダラダラしていたらイオに叱られる。
軍事も内政もようやく人任せに出来るようになったのになぁ……。
確かに暇な時こそ教練なのだ。
しかし、あまり勤勉ではない私は、渋々魔法を習いに行くことになったのだった。
レーベ城を出て城下の街をぶらつく。
習いに行くからには手土産でも買う必要があると思ったからだ。
街は店舗や人通りも多く、活気にあふれていた。
レーベは私が赴任した頃は、小さな村であったが、いまや立派な城下町として栄えていることを実感できて、少しうれしくなる。
「親父、この酒をくれ!」
「あいよ」
私は普段、みすぼらしい服を着ているので、顔を知らない人は貴族だとは認識しない。
大きな剣を引っ提げているので、流れ者の傭兵だと見ている人が大半だろう。
私は酒を買い求めた後にレーベの街をでて、東北にいった小高い山の上にアリアスの家はあった。
「おじゃまするよ」
「はーい」
アリアス老人の何番目かの奥さんがドアを開けてくれる。
中へと入ると、飲んだくれた元大魔法使いがゴロゴロしていた。
「これはこれは、ご領主さまではありませんか?」
老人はそう言い起き上がり、鼻をほじりながら迎えてくれた。
「魔法を習いたいのですが……」
「ほう?」
老人は面倒くさそうな顔をしたが、買ってきた上等な葡萄酒を見せると、少々やる気になったようだ。
そこで私は、夜目が異常に利くようになったことを説明。
それについて意見を求めてみた。
「ん~そりゃ、眼の魔法特性があるんじゃろうなぁ……。そうなると残念ながら派手な魔法は使えんぞ……」
古の世では、魔物の大軍をも滅する大魔法などがあったが、今は失われて久しい。
大魔法使いとして全盛だった時のアリアスでさえ、せいぜい暗雲を呼んで雷を落とすくらいだったらしいのだ。
アリアス老人は古書を照らし合わせながら、私の魔法の才能を探った。
「……やはり、眼に特化した魔法才能らしい。炎や冷気、雷といった魔法らしい魔法は使えんだろうな」
「ほう」
老人は残念そうに言う。
市井で人気の魔法使いとは、やはり炎など目立った魔法を使える者らしい。
だが私は、なんらかの魔法が使えるだけで良いと思う。
「……まぁ、ここで修練して行きなされ!」
「はい」
そう言うと老人は怪しげな品を並べ、もうもうと紅い煙が上がる香を炊いた。
私はそこで言われたとおりに儀式を行う。
そして、意外に疲れた謎の儀式は二時間で終わった。
「さて料金だが、200テールじゃ。あとで城に請求しておくからな」
……えっ!?
効果不明で有料かよ。
何だか魔力が上がった訳でもなさそうなのに、えらく疲れた。
私は、なんだか腹立たしくなって城への帰路についたのだった。
「お前様、おかえりなさいませ」
自宅兼執務室のドアをあけると、イオが出迎えてくれた。
「……!?」
「どうしました? お前様」
……そこにはイオの生まれたままの姿があった。
こ、これは、もしや透視なのか?
自分の眼の魔法の意外な能力に驚く。
私は使いどころの難しい能力を身につけてしまったようだった。
その後、改めてアリアス老人に師事。
能力を使い方など、細かいことを習いに、数日間まじめに通うこととなったのだった。
◇◇◇◇◇
統一歴564年12月――。
この冬の寒波は例年になく厳しく、オーウェン連合王国各地で類を見ない大雪に見舞われた。
王国は普段は温暖であったので、この寒波の被害は大きく、各地で交通が寸断。
それに備えのない集落は物資窮乏となった。
リルバーン伯爵家領も例外ではなく、街道の積雪で各地への流通が寸断されたのだった。
「将軍! どうしたものでしょう?」
「どうしたものって言われてもなぁ……」
レーベの街から東は比較的未開地で、もともと交通の便が悪かったので被害は少なかった。
だが、逆に西側へは東都シャンプールも近く、馬車などの往来も多かったのだ。
よって西側の街道沿いの集落には備蓄は少ない。
従って、何らかの手段を打たねばならなかったのだ。
「こういう時、ドラゴンでもいればなぁ」
こうつぶやいたのはスタロン。
「あはは、炎で雪などあっという間に溶かせますからな」
それにキムが笑いながらに応じた。
確かに古の昔。
大きな城塞のような巨躯を持ち、賢者を思わせる知性を兼ね備え、大空を飛翔したドラゴンがいたらしい。
それらを今では古代竜と呼ぶ。
だが、今存在する龍族と言えば、ケードを中心に飼いならされた小型龍族であるドラゴネットのみ。
彼等は強靭な体を持つが、用途的には馬の強化版といったところ。
人間と会話をかわしたり、空を飛ぶことや、口から火を吐くことなどは不可能であった。
「まぁ、ドラゴネットに頼るしかありませんな」
そうアーデルハイトが言ったことで、行うことは決した。
竜騎士たちを説得し、彼等に西方地域への物資運搬を担ってもらうことにしたのだ。
「これをつけるのですかな?」
「そうだ、全てのドラゴネットの足に装着させよ!」
ドラゴネットの大きな足とはいえ、雪に足が埋もれては困る。
雪に足がめり込まぬ様、彼等に大きな草鞋を履かせることで対策としたのだ。
「出発!」
計20両にのぼる馬車ならぬ、竜車を編成。
これより一か月、ドラゴネット達を緊急物資の輸送に従事させたのであった。