「葡萄酒を二杯頼む!」
「あいよ」
今日はスタロンを連れてエウロパの港町へやってきた。
一通りの雑務をこなした後に、大通りの大きな酒場で飲んでいたのだ。
ゆえあって、今回は商人に変装してきている。
「さぁ! ショーのはじまりです~♪」
「いよっ!」
「待ってました!」
立派なステージの上に、可愛い踊り子たちが居並ぶ。
セクシーな衣装で、次々にハードで際どいダンスを踊る。
既にお酒の入ったお客は大喜びだ。
ここぞとばかりに、金銀のおひねりが飛び交う。
さらに飛ぶようにエールの注文が入り、ウェイター達が忙しなく注文に応じる。
「ここは景気が良いなぁ」
「そうですなぇ」
私はスタロンにそう呟く。
しかし、よく考えたら、自分の領地なのだが実感がまるでない。
居城があるレーベにこんな活気は無いし、ここはまるで別世界のような景気のよさだったのだ。
宴もたけなわになった時。
踊り子たちは退場、酒場は落ち着いた雰囲気へと変わっていく。
「本日の目玉はこちら!」
「おお!」
十数人の後ろ手に縛られた若い女性たちがステージに上がる。
そう、ここは奴隷市場の会場であった。
オーウェン連合王国は奴隷を禁止していない。
それは周辺各国も同じである。
何故かと言うと、戦争で勝った時の捕虜を売却するのは、諸侯や地方貴族にとって重要な収入源であり、禁止するのは無理な事だったのだ。
「お次の女性は10番! 客席ナンバーボードを掲げてコールをお願いします!」
「1500テール!」
「わしは2000テールだ!」
次々に奴隷が落札されていく。
それに伴い、女性たちはどんどん入れ替わっていった。
実は私も奴隷を買いに来ていたのだ。
「21番」
「将軍、来ましたぞ!」
「おう!」
遂にお目当ての女性が来た。
彼女は中肉中背で、美しい銀髪と白い肌の持ち主だった。
胸元が大きくはだける艶めかしい服を着させられ、口には猿轡がかまされており、苦悶の表情が見て取れた。
「2500テール」
私はまずまずの値段、2500テールを提示した。
「3500テール!」
……競合が出た。
不味いな。
見てみると、相手は金持ちそうな商人であった。
「5000テール!」
私は一気に突き離そうとする。
「10000テール!」
……げ。
何でそんな釣りあげるんだ?
「20000テール!」
私も意地になるが、スタロンに落ち着く様に身振りで諭される。
「30000テール!」
……くそっ。
キリがないぞ。
相手の商人を見ると、派手な女性を三人侍らせていた。
彼女たちへの見栄の都合、負けるわけにいかないのだろう。
私は競りをスタロンに任せ、競争相手の商人の元へと赴いた。
「どうかなさいましたかな?」
相手の商人は、自慢そうに髭をさすりながら私に問いかける。
「すみませんが、21番の女性。私に譲ってくれませんか?」
私は揉み手をし、下手に出て訴えた。
そうすると、相手と周りの女性たちは満足そうな笑みを浮かべた。
「わはは、仕方ありませんな。ここは前途ある若者に譲りましょう!」
「ありがとうございます!」
こうして相手のコールを止め、スタロンに21番の女性を落札させたのであった。
「スタロン、急いで宿に戻るぞ!」
「御意!」
私達は女性を担ぎ上げ、急いで会場を後にした。
そして、女性を宿の一室に連れ込んだのであった。
◇◇◇◇◇
宿の部屋の中。
深夜に赤々と蝋燭だけが光る。
「貴様の思い通りにはならんぞ!」
猿轡をとると、女性は凄い剣幕で喚いてきた。
今にも舌を噛み切りそうな勢いだ。
「いやいや、落ち着かれよ」
スタロンが女性に落ち着く様に言う。
さらに、女性の自由を奪っていた手を縛っていた縄を切る。
「……ぬ? お主ら何が目的だ? 私の体が目的ではないのか?」
女性はやっと落ち着いたようで、私は温かいお茶を三人分用意した。
本当は酒が飲みたいのだが。
「ははは、貴方の身柄が欲しいのは間違いありませんよ。オリビア=スカーレット提督。いや今は海賊でしたかな? ははは……」
「……くっ! 何故それを? お主何者だ!?」
オリビア=スカーレット提督。
数々の海戦にて功績をたてたオーウェン連合王国の若き海軍将校。
王国の腐敗に立ち上がるが、政治闘争で敗れ、義賊ともいえる海賊となる。
そのスカーレットが、海賊同士の抗争に敗れ、エウロパの港町に売られるとの情報を、海の衆であるロボスの元から届けられたのだ。
その情報をもとにラガーにも調査させ、今夜21番で売りに出るという正確な情報を掴んだのだ。
この情報収集は結構な手間と金がかかっている。
よく情報を大切にせよと言うが、なかなかに実行するのはコストがかかるのだ。
「私はシンカ―=リルバーン。王国で伯爵をしております」
「……ぇ!? お前が、否、卿が噂に聞くリルバーン伯爵だと?」
「左様でございます」
私とスタロンは商人の服を脱ぎ、家紋の入った剣を見せた。
でも、噂に聞くってどんな噂だ。
「……こ、これは恐れ入った。で、私を買った理由とは?」
「それは朝になってからにしましょう」
その後。
私は宿の親父に言って、スカーレットの着替えと、温かい蒸し風呂を用意させたのだった。
◇◇◇◇◇
翌日――。
私とスタロンは、スカーレット提督を船着き場に案内した。
そこはリルバーン家専用の埠頭で、泊まっていたのは新鋭の軍艦であるリヴァイアサンであった。
「立派な軍船だな! 一度乗ってみたいな」
スカーレットは他人事で、呑気にそう言う。
「いや、是非に船長として乗って頂きたい。スカーレット提督!」
私がそう言うと、彼女はきょとんとした顔をしたが、すぐに凛々しい顔に戻る。
「……おう、任せろ! 私を買った事、後悔はさせないぞ!」
人前で『買った』とか大声で言わないで欲しいなぁ……。
その後、レーベに戻って、彼女を正式に軍艦リヴァイアサンの船長に任命。
乗員の訓練、指揮など一切を任せたのであった。