ナタラージャを側室に迎えることはイオに許可を取り、正式に決まった。
これはリルバーン伯爵家の統治の盤石化にも資し、家臣たちからも歓迎された。
だが宴は、内輪でそっと行った。
なぜなら、正妻であるイオの時も、近所の小さな教会であげただけだからだ。
オーウェン連合王国において、正室の立場は圧倒的だ。
側室とは言わば、正室の家臣のような扱いだったのだ。
又、ナタラージャは引き続き親衛隊長を務める。
それは本人の強い意志によるものであった。
「これからも宜しくね」
「はい」
武人のような気丈なナタラージャも好きだが、恥ずかしそうに小さく頷く彼女の姿もまた、可愛かった。
そして、彼女の唇の感触はとても柔らかかった。
◇◇◇◇◇
宴から三日後の領主屋敷。
難しそうな顔をしたキムがやってきた。
「どうした? キム」
「実は鉱山の件でして。鉱山の拡張を計画しているのですが、鉱夫が集まらないのです」
「うーむ」
内政にも軍備にも、そして政治工作にもカネは必要だ。
リルバーン家が比較的それらの資金に困らないのは、金山をはじめとした鉱山収入のお陰であったのだ。
鉱山労働者の仕事は厳しい。
鉱毒の影響もあり、あまり長く生きられないとの噂もあった。
給金は良かったが、それだけでは拡張分の人手には足らなかったのだ。
「無理やり領民を動員するわけにもいかんしな」
「……ですなぁ」
一般的に鉱山労働者は戦争捕虜の職場だ。
だが、酷い領主になると、領民を搔っ攫って鉱山で働かせることもあるようで、他人に聞かせられない冗談だった。
「よし! 教練代わりに、再び山賊狩りだ!」
「はっ!」
私はスタロンに命じて騎兵100名を招集。
それに加えて、竜騎士25名を加えたメンバーで、山賊狩りをすることにしたのであった。
王国では、賊は縛り首と相場が決まっている。
彼等を鉱山労働者にしても、どこからも文句は来ない算段であったのだ。
◇◇◇◇◇
オーウェン連合王国領北東の山岳部。
シャンプールの北西部、王宮直轄領にて許可を得て山賊狩りを行う。
「突撃!」
山賊どもを霧深い山岳地へと追い込むのは不味い。
予め伏兵を置いている方向を空けておいて、山賊たちを一気に覆滅する作戦であった。
「降伏しろ!」
作戦は拍子抜けするほど上手くいった。
強敵相手の連戦が、私を指揮官として強く鍛えてくれていたのかもしれない。
「縛るロープが足りませんな」
「……ははは」
この覆滅作戦を三度繰り返し、300名を超える捕虜を得た。
それとは別に王宮から討伐の報奨金が出してもらい、今回はホクホク顔でレーベ城に戻ったのであった。
これにて鉱山部門は安泰。
金銀の産出に加え、少量のミスリル銀も引き続き期待できそうである。
◇◇◇◇◇
鉱山収益の次にお金をもたらせてくれるもの。
それはエウロパ港で作られる干し魚であった。
干し魚は、王都シャンプールに送り、多大な収益となるのだ。
……だが、その責任者のラガーが、私の執務室に渋い顔をしてやってきたのだ。
「将軍、実は干し魚の製造が上手くいっておりません」
「魚でも獲れなくなったのかな?」
干し魚の原料は主にタラが使われていた。
きっと、そのタラの不漁だと私は思ったのだ。
「いえ、それが塩の方で……」
「塩? そんなもの海に幾らでもあるのではないのか?」
無知な私がそう言うと、ラガーの親父が丁寧に教えてくれた。
塩は海に無限にあるが、それを煮詰めるためには、火が必要だったのだ。
その火の燃料になる魔石が値上がり、塩の供給が不安定になっているとのことだったのだ。
ちなみにこの世界の魔石は、一般的に火をおこし、煮炊きするのに使われる。
生産地は限られ、我が領には産出地はなかったのであった。
「では、木材を燃やすのはどうだろう? 魔石の一時的な値上がり分くらい、何とかなる気がするのだが……」
「なるほど!」
……だが、言うは易し行うは難し。
エウロパ港の周囲には良い森林が無く、結局は遠くの伐採所に頼るしかないという具合だったのだ。
これを運搬するために、商人から馬車を大量に借りては本末転倒だ。
新たな方法を模索しなければならなかった。
「……ねぇ、ナタラージャ、ドラゴネットで何とかならないかな?」
馬より強靭なドラゴネット。
その馬を超える力で、何とかならないかと尋ねてみたのだ。
「やってみたことはありませんが、やってみましょう!」
先日のケード連盟からの報償で、我が伯爵家が保有するドラゴネットの数は100匹。
それに付随する竜騎士たちは誇り高く、この仕事に不満であった。
だが、給料を払っているのは私なので、渋々協力してくれたのだった。
「えっほ、えっほ」
「気をつけろよ!」
樵たちが大木を切り倒す。
それをロープで縛り、何組かの竜騎士がチームを作り、丸太を豪快に引きずっていく光景は圧巻だった。
この伐採及び、運搬作業は二週間行った。
エウロパの港町に運び込んだ丸太の良い部分は商人に卸し、端材の部分を塩の煮炊きに使った。
「いやー大成功ですな!」
「あはは」
喜ぶラガーに私は苦笑い。
この作業で、商人達に売った材木代が、かなりの副収入になったのだ。
この件は悪いけど、ナタラージャ達には内緒にしておこう。
きっと武力だけでは、戦は出来ないのである。