ケードの姫君であるフィーより、ケードの当主への紹介状を貰い、旅路はさらに北に向かった。
彼等はオヴと同じくファミリーネームを持たない。
ケードの当主はドンといい、こと野戦では常勝、また謀略の使い手とも言われていた。
そんな相手に会いに行くのだ。
私はかなり緊張していた……。
旅の途中、我々は湖で有名なフェザー盆地で宿をとった。
「ポコ~♪」
「奇麗ですわね」
宿の二階から眺める湖の景色は絶景であった。
晩御飯は、宿の親父に湖アユの塩焼きなどを振舞って貰ったのだった。
親父の塩加減が魚の脂を引き立たせ、絶品の味であった。
――翌日。
地名の由来ともなっているフェザー聖殿へと向かう。
「礼拝にいこうか!」
「はい!」
曲がりくねった長い階段を上る際、多くの聖職者とすれ違う。
このフェザー聖殿は、周辺の国家にも沢山の信者を抱える聖地であった。
「これは僅かではございますが……」
「痛み入ります!」
高位の聖職者にお布施を渡す。
地獄の沙汰も金次第。
この世界の聖職者は、豊富な武力を持っており、敵に回すと厄介であったのだ。
高位の聖職者と面会した後、のんびりと礼拝。
うっかり外交案件を忘れそうになりながら、宿に戻ったのであった。
◇◇◇◇◇
「さぁ、行きますか!」
「ポコ~♪」
フェザー盆地を出てからは、目的のネヴィル地方へは馬車で南西に向かう。
場所によっては霧が深く出、道を見失いそうになる。
さらに険しい山道では、魔物や獣に襲われながらの旅程であった。
「……ふぅ」
峠を三つ超えたあたりで、向こう側の高い峰に、目的のアガートラムの城が見えた。
ケードの当主の軍勢は、この城を包囲攻略中とのことだったのだ。
途中の小川の畔で休憩を挟みながら目的地へと向かう。
攻城用の陣地が見えたと思ったところで、ケード側の哨戒網に引っかかった。
「誰だ、貴様!? 見慣れんやつだな」
警戒中のケードの兵士に呼び止められる。
早速怪しい奴として、部隊長格の騎士のもとまで連れていかれた。
「御当主様にお会いしたいのですが……」
「……うん? そう言うことなれば、案内仕る!」
姫君フィーの紹介状の威力は絶大で、わざわざ護衛までつけて本陣まで案内してもらったのだった。
◇◇◇◇◇
「よう参った」
私は案内された幕舎の中で、ケードの領主であるドンに謁見。
彼はイカツイ面持ちの髭面で、初老の入道頭であった。
なんとなく彼も、娘さんと同様に少し体調が悪いように見えた。
一通りの挨拶が終わると、私はお土産のミスリル銀の剣を献上した。
「これは稀有な宝剣にて、是非とも御当主様に……」
「おおう! これは見事な色合いじゃ」
ケードの民は戦に強いが、これといった工芸品はない。
得るものは主に、戦にて略奪に頼る民だったのだ。
とくに贅に凝った剣は、当主の顔を綻ばすに十分だった。
「……じゃがのう、独断で共和国と和を講じる国は信用できぬ」
しかし、話が外交問題に移ると、当主は突如渋い顔になった。
「さすれば、如何にすればよろしいので?」
「それには、やはり戦じゃ! 一緒に戦ってくれれば、国は信じられずとも、其方のことは信じてやろうぞ!」
「……はっ?」
頭が疑問符だらけになったが、どうやら城攻めに参加しろ、ということらしい。
今回、私は兵を連れてきてないのだが、それでもいいのだろうか?
「まぁ、細かいことは、そこのアイアースに聞け! 早速今晩から頼むぞ!」
……え?
今晩から何をするの?
何をさせられるのか分からないまま、イオ達を本陣の幕舎に預け、アイアースという男に付いていったのだった。
◇◇◇◇◇
このアイアースという男、歴戦のつわものらしい風格を携える。
どうやら、ケードでは名のある重臣であるらしい。
その男が言うには、
「今宵、城に夜討ちに参る!」
「……え?」
外はざぶざぶ大雨が降り、しばしば雷鳴が轟く。
確かに奇襲にはもってこいの条件だが、ここは山間地で気温も低かった。
つまり、兵が凍える心配があるのだ。
そもそも攻城の基本は包囲であり、無理な強攻ではないはずだ。
そう進言すると、
「臆病者は来なくていい。行けるものだけで行くぞ! ついてまいれ!」
「「応!」」
この男についていく奇襲部隊の兵は僅か500名。
臆病者と言われるのは癪だ。
その中には、結局私も入っていたのだ。
今回の私の鎧は、ドラゴネットの鱗で出来たラメラアーマーで、動きやすい事には間違いなかった。
「静かに歩けよ!」
「はっ」
馬には布を噛ませ、音が出ないよう細心の注意が払われる。
豪雨なので松明が使えない。
頼るは、魔法使いが唱える小さな灯の魔法のみ。
この行軍の途中で、傭兵達に聞いたのだが、我が方の食料は尽きつつあるということだ。
土地が貧しいケードらしい事情なのだそうな。
……それで、奇襲なのだな。
事情を理解して、多少はやる気が出たのだが、まずは冷たく水流の激しい川に腰までつかった。
川底の石も苔だらけで、足がすぐにでもとられそうになる。
相手の城が、川を濠代わりにしているので仕方ないとはいえ、大雨が降る中の渡河はきつかった。
「あ、助けて~」
幾人かの兵士が激流に飲まれる。
それを無視するかのように、奇襲部隊の指揮を執るアイアースは先頭を進んでいた。
「行くぞ! 各自縄を持て!」
「はっ!」
お次は、敵城の搦め手を目指しての崖昇り。
相手が待ち受ける場所に行っては奇襲にならないだが、断崖絶壁の急斜面に生きた心地がしなかった。
我々は草木や岩を掴みながら、そしてまた、それを数少ない足場にして、慎重に急こう配の崖を登った。
「ぎゃあ!」
足を滑らせ滑落するもの多数。
だが、悲鳴もすぐに豪雨の音で打ち消される。
「最後は、これを登るぞ!」
崖を登った先でアイアースが指し示すのは、石造りの敵の城壁であった。
奇麗に積まれた石の壁は、ほとんど足場になるようなものがない。
よって、複数の短剣を城壁の隙間に突き刺し、ゆっくりと昇っていく。
全ての場所が雨で濡れ、著しく滑りやすくなっていたのだった。
……よし。
私は途中から急いで城壁を登り、城壁を一番乗りで登り切った。
奇襲において敵地に一番乗りするのは勲功第一なはず……。
「……いざ、参らん!」
「ぐはっ!」
私は、素早く城壁の上にいた敵の見張りを切り倒し、味方の兵を照らす篝火を打ち倒したのであった。