「……ふぅ」
山間の街道で、私は剣についた魔物であるオーガの血をぬぐう。
今回、魔物に出合うのは4度目。
奴らは軍隊の行軍中には出くわさないが、行商の馬車などはよく襲ったのだ。
馬車一両だけの我々は、格好の獲物に映ったに違いなかった。
「見えたぞ!」
「ポコ~♪」
山道を駆けのぼった先に、ケードの本拠地であるラム盆地が見えた。
ケードの地は痩せた山間地ばかりだが、ここだけは違った。
盆地の西側を大きな川が流れ、所狭しと小麦畑が広がっていたのだ。
「身分証を見せろ!」
ラム盆地の入り口には大きめの関所があり、そこを抜けると、比較的大きな宿場町が拡がっていた。
「いらっしゃい、今日の宿はお決まりですか?」
「いや、まだだが」
「お安くしておきますよ」
人が良さそうな小太りの呼び込みに、私は応じ宿を決めた。
馬車を宿の裏の馬屋にとめ、宿の表門から入った。
「いらっしゃいませ、御人数は?」
「四人だ」
「畏まりました」
今回の人間のメンバーは、私とイオと御者、そして侍女の4名だった。
私は宿屋の主人に前金を渡し、フロントの横にある食堂の席に着いた。
「ここの名産は何です?」
そう聞くと、宿屋の主人はウズラの味噌焼きと蒸し栗、そして鮎の塩焼きを勧めてきた。
わからないので、オススメをそのまま頼む。
「お前様、味噌ってなんですの?」
「わからない」
結局味噌というのは、御者も侍女も知らず、皆で初めての体験となった。
運ばれてきた料理は香ばしく、とても美味しかった。
食事後、酒を飲みたい気分だったが、今日は飲み友達のスタロンがいない。
仕方なく二階の客室で、早々と休むことになった。
「……ふう、疲れた」
部屋に入ると、にっこりと笑う薄絹姿のイオが待っていた。
「お、ま、え、さ、ま~」
「……え!?」
イオは私に抱き付き、そのまま二人は寝具に倒れ込んでしまった。
こうして異国での長い夜が始まったのであった。
◇◇◇◇◇
翌日――。
朝食を摂った後に宿を後にする。
ここからは、ケード連盟の主の館までは近いはずであった。
青々と茂るイシュタール小麦畑を抜けると、城下町が見えてきた。
城下町には粗末な門があるだけで、立派な塀といったモノはなかった。
「干し魚はいらんかぇ~?」
魚屋を見ると、ウチの領内で作られた干し魚も売っていた。
流石に山国、魚は川魚が主流であり、肉は猪のモノが多かった。
ケードは軍事大国だが、城下町は貧弱で粗末なものと感じた。
評判ほどは国力が無いのかもしれない。
「こういうものだが、主様に御目通り願いたい」
「どうぞこちらへ」
私は領主館に着き、門番に手紙を託すと、暫し後に中へと案内された。
そこで中級クラスといった風の家臣の出迎えを受ける。
「実は、御館様はご出陣中で留守でございます。留守居役の姫様ならばいらっしゃいますが、いかがなさいますか?」
「是非ともお会いしたい」
「かしこまりました」
正直、表敬訪問みたいなものだから、会える人には会っておいて損はなかった。
私達は暫し後、館の奥にある広間へ通されたのだった。
◇◇◇◇◇
私が下座で控えていると、上座の主が侍女に手を引かれてやってきた。
どうやら病で弱っている様だった。
「……ゴホンゴホン、わらわはケードの王、ドンの嫡女でフィーと申す」
「お初に御目にかかります、某、オーウェン王国伯爵シンカー=リルバーンと申します」
「おもてを上げい!」
「はっ」
フィーという姫は若くして白髪であり、耳はエルフのものに酷似していた。
病のせいであろう、顔は苦悶に満ち、気怠そうな感じであった。
「わらわの姿が珍しいのであろう? ……まあよい。用は何じゃ?」
「はっ! 両国のつつがない友好を祝いまして、……」
「馬鹿を申せ! 貴様等が共和国の凶徒と組むから、我々は各地で苦渋をなめているのだぞ! 貴様、本当のことを言え!」
ケードの姫様はお冠だ。
だがその状況判断は正しい。
我々が共和国と和を講じたから、ケード連盟は各地で苦戦しているという噂は各地に伝わっていたのだ。
「いえいえ、滅相もない。これはほんのお気持ちばかりの品ですが……」
私は侍女に命じて、王宮から預かっていた金塊を運ばせた。
ケードは北の蛮族と、東の大国である共和国との二正面作戦。
冬から春にかけても戦続きで、カネは喉から手が出るほど欲しいはずであった。
「足元を見おってからに……、で? 何が目的だ?」
確かにケード連盟とは仲が悪くなったが、長年の同盟関係を破棄したわけではない。
そもそも、ケード連盟はこれ以上敵を増やしたくないはずであった。
「某、オヴ殿と親交がございまして、オヴ殿のご息女を匿っており申す!」
「……ほう、あ奴の娘をか?」
「さらにジフの地の継承権もこちらに……」
私はオヴから貰った手紙を姫に見せた。
姫様は興味深そうにうなずく。
「……ほう、では今、共和国が支配しておるジフの地はお主のモノだと?」
「左様でございます」
「で……、取り返す気はあるのか?」
ケードの姫は眼を細めて私に聞いてきた。
「……も、もちろんございます」
言ってしまった。
王宮に共和国と戦う気はないし、そもそもそんな余力はない。
だが、こうでも言わねば、ケードの姫様のご機嫌は悪くなるばかりだったのだ。