「ど、どうしたんだろ?」
鏡から離れて、慌ててイオに聞く、
「お前様、もしかしてあの薬。あの、闘技場の時の……」
「ぇ!? あんなの嘘でしょう?」
だが鏡を再び鏡を見ても、同じ。
小さく紅い紋章がくっきりと……。
「じゃあ、魔法がつかえるのかな?」
試しに何かを念じてみるも、何も出ない。
本当は、火とか氷とか出るんじゃないのか?
「駄目だ、出ない!」
「お前様、魔法などすぐには使えるものではないですよ」
そうイオに宥められ、魔法を使うのを断念。
さらに、イオに謎の銀色のネックレスを首にかけられた。
「これで眼の紋章は他人からは見えません。しばらくトラブルを防ぐためにかけておいてくださいね」
「ふーむ」
確かに魔法が使えないのに、使えると思って貰っても困る。
私はおとなしくイオの言うことに従ったのだった。
「ポコ~♪ ムフ~♪」
ポコリナがエッヘンとばかりに胸を張っている。
「あーそうですよ、魔法使いとしては貴女が先輩ですよね……」
もしかしたら、魔法が使えるようになったのに、なんだか序列が下がったような思いをした朝だった。
◇◇◇◇◇
翌日――。
馬車で王都シャンプールを離れようとしたら、後ろから使い番の馬が駆けてきた。
「またれい! またれい!」
御者が馬車を止めると、使い番は王国の宰相殿の使いだった。
あとから、宰相殿の馬車が追いつく。
「すまんな。将軍。少し話が出来んか?」
「ええ、かまいませんが」
私は宰相殿の馬車に乗り移り、木でできた扉を閉めた。
「……実はのぉ、困ったことが起きてな」
「なんでしょう?」
話を聞くに、クロック侯爵を推す貴族連合は、今回の商国との和平に反対らしい。
王宮の外交政策の方向としては、そういう意向を無視できず、停戦は長く続きそうにはないとのことだった。
「……で、将軍にお願いがあっての」
「なんでしょう?」
もし商国と再び構えることになった時、王国の北側に領土を持つケード連盟との関係が心配だということであった。
ケード連盟とは、フレッチャー共和国の件で関係が悪化していたのだ。
そこで私に親善特使となって欲しいとのことだった。
「私に務まりますかね?」
「将軍はオヴ殿の遺領、ジフの地の継承者であろう?」
「……ああ、そう言えば」
確かに、オヴからジフの領地を託されていたが、その土地は、今はフレッチャー共和国の支配下で、実効的なものでは無かったのだ。
「まぁ、それをきっかけに挨拶くらいはできるじゃろ? 今、王国にケードの縁者はほとんどおらんのじゃよ」
「わかりました」
つまり、ケード連盟に少しでも縁があるから、私に行けということらしい。
商国との和平の破綻もまだ少し先であろう。
皆に領地の開発を任せ、ケードの地へ行ってみることにしたのであった。
◇◇◇◇◇
レーベの行政府。
私は、魔法の使えない魔法使いであるアリアスを、執務室に招いていた。
「え? 純度100%のミスリル銀の剣ですと? そのような物、脆くて役には立ちませぬが……」
希少金属のミスリル銀。
それはあまり純度をあげると、脆くなるとの噂だった。
「しかも100%となると精錬の腕が問われます。一体何用で?」
「えーっとな」
私は、ケード連盟の長を外交使者として尋ねる事と、その長に献上品として純度100%の剣を贈答品として使うことを提案した。
「困りましたな……」
この老人、私の家臣というよりは客分に近かった。
そこで、宰相からお土産で貰った、限定品の葡萄酒を机に置いた。
「これでどうかな?」
「わかりました!」
そう、この老人、酒と女に滅法弱いのだ。
きっと、女と酒の為なら、私の寝首をあっさりとかくであろうことが予測できた。
剣は領内の工房で、昼夜突貫で作られ、10日後には私のもとに届いた。
さらに私の馬上用の長剣と甲冑を新調。
甲冑はフルプレート仕様であったが、ミスリル製でとても軽い優れモノであった。
さらに、外交用の馬車も新調。
経費は後払いであったが、全額王宮が負担してくれるのが、せめてもの幸いであった。
◇◇◇◇◇
統一歴564年7月――。
この年の夏は暑く、里にも夏虫が煩いぐらいに鳴いていた。
「出発!」
珍しくにわか雨が降る昼下がり、私はケードの地へと出立したのだった。
外交親善が目的なので、妻のイオも連れて行く。
イオとポコリナはお出かけ気分のようでルンルンである。
我々をのせた馬車は、まずは自領を北上する。
この辺りの地は、旧臣たちの自治領が多かった。
どの畑にも水は来ており、干ばつの恐れは無いようであった。
だが、国境を過ぎた頃には、様子が一変する。
ここは元オヴの領地であったが、畑の渇水が酷く、土がひび割れていたのだ。
「……のう、この辺りの畑はどうなっておる?」
道行く老いた農民に聞いてみる。
「えーっとなぁ……」
老いた農民曰く。
ここはフレッチャー共和国とケード連盟の抗争地になっており、満足な治世が望めないとのことだった。
さらには、夜になると傭兵達が夜盗と化し、村々を荒らしまわっているとのことで、村人も畑を捨ててしまったとこことだった。
「むう、分かった。ありがとう。これは礼だ」
「ありがとうごぜえますだ」
老人に銀貨を何枚か渡し、私の馬車はさらに北へと向かったのであった。
道は更に険しくなり、山岳国ケードに相応しいものとなっていったのだった。