「かかってこい、小僧!」
「はい!」
師匠との昔の思い出が交錯。
懐かしい感情が浮かぶ。
踏み込んでの一撃。
それを師匠の剣が受け流す。
そこからの師匠の反撃を、私の剣が受け止める。
師匠と互角に切り結ぶと、客席から歓声が上がった。
……不思議な感覚だ。
過去今まで見えてこなかった師匠の太刀筋がはっきりと見える。
いまだ!――
師匠の剣をはねのけ、私の剣が師匠のわき腹を薄く捉えた。
「……ぬ、小僧。やるようになったではないか!」
「……」
私の剣が巧くなったのか?
いや、それもあるかもしれないが、きっと師匠が老いたのだ。
以前の師匠の剣は、周囲の空気が唸るような恐ろしい剣戟だったのだ。
「くっ!」
休む暇を与えず剣を幾度も振り込こみ、師匠をじわじわと疲労と失血に追いやる。
それに従い、師匠の剣は段々と鈍っていったのだった。
「小僧、よくぞ魔法なしでその域に達した。一端の剣客になってくれて嬉しいぞ。だが、所詮はそのレベルまで、惜しいな」
師匠の両目は赤く光る。
それは生来、所謂魔法の力を授かっている証だった。
そして、師匠が謎の詠唱を始めると、師匠の体は2つになった。
「いくぞ! 小僧!」
一人目の師匠の一撃を剣で受け流すも、ほぼ同時に二人目の剣が迫りくる。
とっさに後ろに避けるが、素早い剣戟が頬を掠った。
それを一瞬気にした瞬間、再び一人目が切りかかって来る。
「……くっ」
私は二人がかりの攻撃を、後ろにさがりながらに避けるのが精一杯だった。
二人になった師匠は、じりじりと私を追い詰めて来る。
私が追い詰められるのを見て、観客が一層盛り上がった。
そして、左側の師匠の放った下段の剣戟をかわした時、私は不覚にも転んでしまった。
「ん?」
右側の師匠の剣に斬られたはずなのに痛くない。
私は訳の分からぬまま飛び起き、右側へと飛び退いた。
「……ふふ、見破られたか。その通り。二人に見える我が姿の片方は完全な幻。だが、魔法が使えぬお主には分かるまい!」
カラクリは分かったが、二人の師匠の内、どちらが本物かが分からない以上、その両方の攻撃に対応せねばならなかった。
私は右に左に師匠の攻撃を受け、狼狽し、そして血まみれになっていった。
焦りたくなるのをぐっと抑え、慎重にならねば、と、心に繰り返し念じる。
慎重になれらねば、いつ死んでもおかしくなかったのだ。
その時、観客席に違和感があり、そこの眼を向ける。
……ん?
遠くにポコリナの姿が見えた。
彼女が左手を挙げている。
「左か!?」
キン――。
私の剣が師匠の剣を受け止め、甲高い音が響く。
カキーン――。
次は左、右、左、左と連続で実体の方の師匠の剣を受け止めた。
「……ん? なぜに判る? お主には魔法の力がないはず!」
……しめた!
これなら勝てる。
私は剣を振り上げ、狼狽している師匠を攻め立てた。
これ以上訳の分からない手を食うわけにはいかない。
私は素早く足払いを決め、師匠を投げ飛ばし。その喉元に剣を添えた。
「そこまで! 勝者シンカー!」
わぁっ、と歓声があがり、私は安堵のあまりに膝をついた。
とても勝ち名乗りをあげるほどの気力がない。
「さぁ立て、お前の勝ちだ! 勝ち名乗りは勝者の義務だぞ!」
「……は、はい」
私は師匠に促され、観客席に向かって拳を突き上げた。
「あいつ、王宮師範にかったぞ!」
「すげぇぞ、アイツ!」
意外ともいえる勝者に驚いているだろうが、観客は温かく私を迎えたのであった。
授賞式――。
「シンカー殿! 貴公は第一回闘技大会において……」
多分、一度は見たことがあるであろう王族に、勝ちを讃えられ優勝商品を受け取った。
師匠に切りまくられ、血のにじんだ包帯でぐるぐる巻きでの表彰式であった。
「有難うございます!」
「いいぞ!」
「やったな!」
私は観客に手を振り、応援に感謝しながら表彰台を後にしたのであった。
◇◇◇◇◇
その日の晩――。
私は宿に帰って、頼んだ食べものにむしゃぶりついた。
沢山出血したので、とにかくお腹が空いていたのだ。
葡萄酒も飲みに飲んでフラフラになった。
「ポコ~♪」
「ねぇねぇ、商品はなんでしたの?」
イオに商品を見せて欲しいとねだられ、もらった箱を開けてみた。
中からでてきたのは、金色の小さな壺だった。
その横に羊皮紙が……。
「何々? 魔法を使えるようになる薬だって? そんなのあるわけないだろ! ……ぐびっ!」
私は酔いに任せて、その薬を一気に飲んでしまった。
「ポコ~♪」
「あらあら、全部飲んでしまったのですか?」
イオに飽きれた顔で見られたところで、私は意識を飛ばしてしまったのだった。
◇◇◇◇◇
翌日――。
私達はレーベの館に戻ることにした。
作りかけの城の状態も気になるところである。
出発の頃合い、師匠がやってきた。
「おう、小僧!」
「あ、お師匠様! この度は……」
「挨拶はいらんよ。で、あの薬はどうした?」
「えーっと、全部飲んでしまいました」
横でうふふと笑うイオとポコリナ。
「なんと! もったいないことを。あれは王宮の秘蔵の品であったらしいぞ! それではお前は大魔法使いになるかもしれんな! あはは!」
「本当ですか? 私が大魔法使いですか? それは面白い話ですね!」
久々にお互いそんな笑い話に興じてしまい、王都シャンプールを出たのは昼過ぎになってからであった。