統一歴564年3月――
我が領や近隣の耕作地でのイシュタール小麦は二期作である。
だが冬場の二期目の収穫は少なく、その穂の実りは貧しかった。
今の様に寒冷化が進む前は、冬小麦の実りも多く、そのため大きな戦の頻度も少なかったと言われる。
「殿!」
自分の執務室でノンビリしていると、ナタラージャが部屋を訪ねてきた。
「どうしたの?」
「はっ、我がリルバーン家は、外に対しての守りが弱すぎると思うのです」
彼女は羊皮紙の地図を広げ、指で指し示しながら、熱心に戦術的な防御策を説明してくれた。
「……ふむう」
「我が領には城どころか、砦もないのです。以前ならともかく、北にフレッチャー共和国と隣接した以上。防御施設が無いのは致命的な弱点です」
「……では、築城すべきだと?」
「はい、冬小麦の収穫が終わった今。農民たちは手空きです。着工するにはいい時期かと……」
「わかった」
私はスタロン達にも意見を聞いた後。
とりあえず本拠のレーベ後に築城をする方針に決まった。
本拠地のレーベにあるのは館であり、城ではなかったからだ。
◇◇◇◇◇
「こんなもので如何でしょう?」
城造りに携わる領民たちに支払う労賃を、財務担当のキムが計算。
とりあえず、3か月分の労賃の王家謹製の銀貨を用意。
皆で手分けして、一人分を小袋に分けていった。
「いくぞー!」
「おう!」
城の設計図はナタラージャが事前に作っていたらしく、それにアーデルハイトとスタロンの意見を加味したものを、実用案として決定。
すぐさま現地で測量。
基礎造りの杭打ちなどが始まった。
「殿!」
またもや献策してきたのはナタラージャ。
次は何かと聞いてみると、
「我が伯爵家として船を作ってみては如何でしょうか?」
「……ふ、船かぁ」
欲しいことは確かに欲しい。
だが、以前に試算した際、莫大な費用の前にとん挫した経験があったのだ。
「今や北部の金山産出量が増大しておりまする。今現在、月産は標準金貨換算で五千枚を超えておりまする」
財務担当のキムが胸を張って進言。
アリアス老人の知識による新型溶鉱炉のお陰で、金とミスリルの分離が上手くいっているようだった。
「領内の冬小麦は豊作との見方が有力です。一隻くらい作ってみては如何でしょう?」
最後は家宰のアーデルハイトの意見が決め手だった。
「……よし、ウィリアムに発注だ! 立派な軍船を作ってもらおう!」
「はっ」
商船なら借りれば良い。
だが、有事に軍船を貸してくれる貴族は、なかなかいなかったのだ。
領主として、自領の造船技術も維持せねばならない。
結構、領主って考えることが多いなぁ、と今更ながらにおもったのだった。
◇◇◇◇◇
「殿! これに出てはみませんかな?」
「……ん?」
珍しくスタロンの提案だ。
何の施策かと羊皮紙を見たら、王都シャンプールの闘技場での試合の開催だった。
どうやら競技場の新設に伴い、試合の優勝賞金が弾んでくれるようだ。
「殿は最近、事務仕事ばかりでなまっているご様子。練習なら付き合いますぞ!」
「おう!」
楽しそうに提案してきたスタロンと、久々に練習と称して剣をまじえた。
この時間はとても楽しく、仕事をサボって夕飯の時間まで興じたのであった。
◇◇◇◇◇
「準備は良いですか?」
「ぽこ~♪」
「お弁当は万全です!」
王都までの久しぶりのお出かけに、イオもポコリナも機嫌がいい。
私達は馬車を二台仕立て、王都シャンプールへと向かったのだった。
「どうぞお入りください!」
シャンプールの街の外周の城門の衛士には、ついに顔を覚えてもらったようだ。
これでも一応、伯爵様なのだ。
「宿屋はいつものところで!」
御者にラガーの宿に向かうように告げる。
馬車は人込みに沸く繁華街を抜け、脇道へと入った。
「いらっしゃいませ!」
「お邪魔します!」
馬車を裏につけ、私たちは宿屋に入る。
宿の一階は、食堂兼飲み屋であり、多くの労働者が飲酒を楽しんでいた。
「伯爵様、いらっしゃいませ!」
ウエイターがそう言うと、周りの客が不機嫌な顔をした。
こういう宿は庶民の憩いの場所なのだ。
支配者層が来る場所ではなかったのだ。
「悪いが、皆にこれで……」
「畏まりました」
私は金貨を3枚ウエイターに渡す。
そして、店から全ての客に葡萄酒が振舞われた。
「このお酒は、リルバーン伯爵様からです!」
「「おお! 乾杯!」」
振舞われたお酒にお客様たちはご機嫌。
一気に好意的なムードが漂った。
「……で、今日のお勧めは何かな?」
「これになります」
ウエイターが木で出来たメニューを渡してくれ、今日のおすすめを教えてくれた。
二期目の収穫期といった時期で、選べるメニューは沢山あったのだ。
「じゃあ、鴨のグリルと鹿の香草焼き。あと子羊肉入りのリゾットをくれ!」
「畏まりました!」
その後、焼けたバターの匂いがする料理が運ばれてきた。
「おいしそうですね!」
「ポコ~♪」
イオもポコリナも大喜び。
久々の肉料理で、私も大満足したのであった。
「王都の夜もおつですな」
「……ああ」
食事の後は、スタロンと夜の街へ繰り出して酒を酌み交わした。
王都は夜でも明るく、人で賑わっていたのだ。
エールに葡萄酒、ラム酒を数杯ずつ飲んだまでは覚えているが、気が付いたら宿の寝具の上で、窓から差し込む陽は明るかった。