私は船でエウロパの港に帰り、馬車でレーベに戻った。
そして、商国に行ったときのことを、レーベの行政府でみんなに話した。
「……ふむう、そんな感じだったのですな」
スタロンはうんうんと腕を組んで聞く。
「私も発言していいですか?」
「どうぞ」
イオの珍しい発言に、議長役のアーデルハイトが許可を出す。
「私が見た感じ、商国の樽はどれも同じでした。船に積み込む際も馬車で運ぶ際も、同じ規格の方が便利だな、……と」
「ふむう、我が領も統一規格を作るか?」
「いえ、商国の規格に合わせるべきかと。この辺りを行きかう船も、商国と取引している船がほとんどだとおもうので……」
イオの発言は敵国と同一規格にしては、という斬新な提案だった。
「たしかに、我が王国には統一規格はありませんしな。それでいいかと思いまする」
イオの意見に商務担当のラガーも同調し、会議の流れは決まった。
「よし、我が領も樽や箱の規格を統一しよう。内密理に商国のサイズを測り、同じにしてしまえ!」
「はっ!」
こうして、我がリルバーン家は宿敵ガーランド商国と同じ規格を採用することにした。
この新布告は、後日。
国境を越えて商人達から絶賛されることとなり、我がエウロパの港がより栄えることになったのだった。
◇◇◇◇◇
リルバーン伯爵家。
表向きの税収、イシュタール小麦10万ディナール。
裏向きとして、エウロパ港からの交易税と金山からの収益がある。
これらが主たる収益であったが、約2万ディナールほどの収穫は旧臣たちのものであった。
更に彼等は自領に関所を設け、通行税をとっていたのだった。
リルバーン家の騎士以上の身分の者は、各自で小さな領地を保有しており、それが各自に関所を設けていたので、関所の数は膨大な数となっていたのだ。
私は主たる旧臣たちをレーベに招いて、会議を行っていた。
議題は多すぎる関所の廃止であった。
だが、会議は冒頭から紛糾した……。
「……馬鹿な! 各騎士領は代々自治が認められているはず。関所の撤廃など思いもよりませぬ。いかに伯爵様の言とは言え、先祖代々の土地のことに口出しされたくはありませぬ!」
「そうじゃ、そうじゃ!」
関所は彼等にとって貴重な収入なのだ。
それが分からぬでもない。
だが、関所でとられた通行税は、結局は商人から物品を購入する民の重い負担となっていたのだ。
「戦地でこのような伯爵の命など聞けるか!」
「そうだ、そうだ! 傭兵上がりが調子に乗るな!」
この反対意見は思ったより大きく、元は平民身分の私を驚かせた。
旧臣たちの既得権益への執着は凄まじく、議論は前進の余地を見せなかったのだ。
「……」
「殿! こちらへ」
思案を巡らせていた時、傍で控えるアリアス老人に、控えの部屋に連れ出された。
「いけませぬ! その旧臣たちを見る目。並並みならぬ殺気が迸っておりましたぞ!」
「……確かに、すまぬ。だが、奴等には苦しい民の暮らしなどどうでもいいように思えるのだ。いっそのことここで奴らを皆殺しに……」
「なりませぬ! そのようなことをすれば、根深い怨念となって跳ね返りましょう」
意外なことに、アリアス老人は私のことを思っているようであった。
「……では、何とする? 関所の削減は、商国のアドルフ王にはできて私には出来ないと?」
「かの地では、王に逆らったものは皆殺しにされたと聞きます。殿にはそのような領主にはなってほしくないのです!」
「……、わかった」
私はアリアス老人を安心させた後。
身なりを正し、会議場に戻った。
「この件は、改めて後日討議しよう。解散!」
「はっ! 流石は伯爵様。ご名君でございまする!」
……白々しい。
覚えておれよ。
私は旧臣たちに温かくあったつもりだ。
だが、アーデルハイトとモルトケ以外は、意見が異なればそうそうに牙をむいてくることが判明したのであった……。
◇◇◇◇◇
「巧く行きそうかな?」
「……はっ、概ねは!」
昔は名うての魔法使いであったアリアス老人は、魔法においては頼りにならなかったが、様々な知識は相当のモノであった。
今回彼に任せたのは蒸留所。
先日、ウイスキーなる高級酒を制作する場所を作ったのであった。
領内で作られるのは少量の葡萄酒のみ。
比較的余剰な麦を消費しての特産品作りであった。
「……で、この蒸留した酒を、樽に詰めまして、数年寝かせまする!」
「数年だと!?」
私は馬鹿にされた気がした。
明日にも戦場で死ぬかも知れぬ者が多いのに、たかが酒を数年も寝かすなど……。
私は不機嫌にその場を後にしたが、その機嫌はすぐに直った。
青髪が奇麗な女武人が挨拶に訪れたからであった。
「この度は傷の手当までして頂き、御礼のもうしようがありませぬ」
「えーっと、誰だっけ?」
レーベに行政府を開設して以来。
領地や取引先は増える一方、私は全部が全部を把握できないでいたのだ。
「申し遅れました。拙者、オヴという者の娘。ナタラージャと申しまする」
「……ああ、傷は大丈夫でしたか?」
私は侍女にお茶を持ってくるように頼み、ナタラージャに席を勧めた。
ちなみにオヴたちには姓がない。
だからと言って、家という概念が薄いわけでもないようであった。
「お陰様でこの通り!」
彼女はにこっと笑い、胸を張ってみせた。
「頼もしいですな」
「……で、恥ずかしながら我が領地は既に無く、御礼は武功で立てるしかございませぬ。貴公の臣下の末席に加えてはいただけませんでしょうか?」
「もちろんですとも! いつかはオヴ殿の無念も晴らしたいと思っております。だが情勢がそれを許しておりませぬゆえ、しばしお待ちくだされ!」
「ははっ」
ナタラージャには土地は与えず、給与は現金支給にして、役職は私の親衛隊長とした。
オヴの遺臣たちの給与も現物給付にして、旧臣たちの様にならないようにしたのだった。
もっとも、もし我が伯爵家が巨大になれば、事情も異なり家臣に土地を任せるようになるかも知れぬ。
……だが、その日の私には、それは遠い未来のことに思えたのであった。