オヴからの血まみれの手紙。
その羊皮紙にはこのように書かれていた。
親愛なるシンカー殿へ
我々ケード連盟は、北部勢力との戦争で疲れてきっていた。
そんなところへ、東部の同盟国であるフレッチャー共和国が突如攻めてきた。
村々は焼かれ、我々も不意打ちに為すべきところを知らず敗れた。
この恨み、どうか晴らして欲しい。
我がレドの地は、我の亡き後、シンカー殿のものすることを遺言する。
我が親衛隊も君に忠誠を誓うように申し渡した。
あと、娘、ナタラージャのことも頼む。
付き合いが短くても、お主のことは……
……ここで、文字は途切れていた。
「スタロン! 北部の情勢はどうなっている!?」
「はっ! 北部の情勢は未だに良くつかめておりませぬ」
「斥候を増やせ! 情勢を知るのだ!」
「はっ!」
戦術の練達者オヴが、こんなに簡単に死ぬとは思わなかった。
これにより、ケード連盟と同盟していたオーウェン連合王国は、自動的にフレッチャー共和国に宣戦布告することとなった。
「くそっ!」
オヴの領地は我が領の北部にあった。
それゆえに、安心して西方も南方にも行けたのだ。
それが、出来なくなったのは私だけでなく、リルバーン家としても痛い事態であった。
◇◇◇◇◇
その日の夕方――。
続々と、オヴの領地からの敗残兵が、我が領地に逃げ延びてきた。
多分、オヴが生前に「万が一のことがあれば南方に逃げよ」とでも言っていたに違いない。
「おい、移民担当の行政官を連れてこい」
「はっ!」
我がリルバーン家は、新規開拓によって、幸運にも移民を受け入れる余力があった。
また、常備軍枠にも空きがあったため、元オヴ家中の古参兵を厚くもてなすことが出来た。
特に、ドラゴンナイトこと、ドラゴネットに騎乗した竜騎士を、50騎余りも傘下にできたのは大きかった。
「とりあえず、これにて暮らし向きを整えてくれ!」
「有難き幸せ! 伯爵様に忠誠をお誓い申し上げます……」
移民たちに手渡したのは、自領北部の金山から産出し、精錬された金だった。
これで家を建て、当面の食料を買ってもらう算段をしてもらうことにしたのだった。
また、同時産出したミスリル銀も、武具などの生産へと供与中だ。
これはまだ加工方法が難しく、頓挫しているのであるが……。
◇◇◇◇◇
統一歴564年2月――。
レーベの行政府にて。
「アーデルハイト! スタロン! 私はすぐにオヴの敵を打つべきだと思う!」
私は家宰と軍の実務担当者に提言してみた。
「恐れながら、我等の独力ではフレッチャー共和国と勝負になりませぬ」
「左様、王宮の外交方針も聞いてみねば……、まずは殿自ら王宮に赴いてみては如何でしょう?」
アーデルハイトもスタロンも、すぐの北方進軍には反対した。
さらに、
「オヴ殿は以前、我等の領地に攻め入ったのですぞ! そんな奴等の肩入れをすることはありますまい! むしろ共和国と和を講じるべきかと……」
なんとモルトケ以外の旧臣からは、フレッチャー共和国との和議を望む声さえあった。
しかし丁度、レーベに戻ってきていたアリアス老人が耳打ちしてきた。
「旧臣たちは我らが兵の半数を占めます。ここは出兵論を取り下げるべきかと……」
今は、やむを得ないといったところか……。
確かに、オヴが長年にわたって我等と友好を築いたわけでもなかった。
頭を冷やしてみると、生き残りを最優先にするのが鉄則な今の時代の真理。
むしろ、旧臣たちの出方は妥当だとも言えた
「……うむ。私は王宮にて方針を聞いてくる。またそれとは別に、北部への警戒を厳にせよ!」
「ははっ!」
こうして会議は閉会。
各位、各々の部署や領地へと戻った。
その後。
私は負傷した女騎士こと、オヴの娘のナタラージャの見舞いに行った。
「……左様ですか」
すぐにはオヴの敵討ちを出来ぬことを告げると、彼女は寂しそうであった。
「今は、怪我を治せ。そのうち機会は訪れるであろう」
そう言う、私の言葉も元気がなかったのだった……。
◇◇◇◇◇
私はポコリナだけを連れ、シャンプールの地へと急いだ。
コメットを急かさせ、わずか半日での強行軍であった。
まずは王国の宰相、フィッシャー宮中伯を尋ねた。
「……おおう、伯爵。元気かな?」
「お陰様で……」
「なにか、用件があるような顔じゃのう……、何用で参られた?」
「フレッチャー共和国のケード連盟への侵攻に関して、宰相はどう思われますか?」
宮中伯は私に席を勧め、侍女にお茶を持ってこさせる。
「その件はな、王宮としては眼をつぶりたいところじゃ。そなたもクロック侯爵を知っておろう? 侯爵の正妻はフレッチャー共和国の重鎮の娘じゃ」
「それゆえ、ケード連盟への侵略を認めると?」
「そうとも言わぬが、我らはガーランド商国への復讐戦もろくに出来てはおらぬのだぞ! それなのに卿は、敵を増やすことが女王陛下の御為になるとでもいうのか!?」
宰相にしては珍しく大声で声を発した。
彼にしても悩みは多く、きっと思うところがあるのだろう。
良識派と言われる宰相を説得できぬ以上、居並ぶ他の重臣たちを説得できるわけがない。
私は気を落として、レーベの地へと戻ったのであった。
統一歴564年3月――。
オーウェン連合王国とフレッチャー共和国は、先月の宣戦から一転。
行政官同士の協議の末、和議の調印となったのだった。