「ゲイル地方で動物の毛皮を商いするんだったら、管轄の領主は私じゃないんだけどね」
ゲイル地方に支配領主がいるのか分からないが、少なくとも私ではないことは事実であった。
「それが、誰に許可をとって商売をしていいのかわかりませんで、もっとも近いご領主様が貴方様なんでさぁ……」
詳しく話を聞いてみると、ゲイル地方では毛皮がフサフサの魔物が沢山いるらしい。それを狩って、王都であるシャンプールで売りたいとのことだった。
だが、その商売を手広くやるには、やはり後ろ盾がいる。
私にその後ろ盾になって欲しいとのことだった。
「幾らか我々に頂けるのか?」
横で話を聞いていたアーデルハイトが質問を投げかける。
「税はもちろん納めさせていただきます」
「ふむう。義姉上、本当にゲイル地方に領主はいないのですか?」
「そう聞いております」
「まぁ、今後のこともありますんで、一回ゲイル地方に行ってみませんか?」
スタロンがそう言う。
そうだなぁ、近隣の情報が分からないのも不味いな。
結局、気楽に旅行がてら出かけてみることにしたのであった。
◇◇◇◇◇
それから数日――。
風が穏やかなある日、エウロパの港。
ウィリアムの伝手で、海の衆に船を出してもらうことにした。
「俺は頭のロボスってんだ。よろしくな!」
海の衆の頭と名乗るロボスは、イカツイ体つきの入道頭の大男だった。
迫力があって、思わず気圧されそうになる。
「ポコ~♪」
今回のメンバーはイオとポコリナ。
危険はないだろうということで、アーデルハイトやスタロンには、レーベの館で留守番してもらうことにしたのだった。
「錨をあげろ! 出航だ!」
船上のロボスの命令で、荒くれ共がテキパキと働く。
大きな帆が張られ、風を得た船は勢いよく港を出たのだった。
「面舵いっぱーい!」
船は一路南東に進路をとる。
このまま予定通りいけば、約5日の距離でゲイルの地に着くはずだった。
しかし、出航3日後くらいに、船乗りたちの雰囲気が変わってきた。
「……」
「お前らビビんなよ!」
やはり何か様子が変だ。
みんな何かに怯えているようであった。
「ポコ~♪」
ポコリナが水面を見て騒いでいる。
私も覗いてみると、海中に大きな影を見た。
黒い影がゆっくりと動く。
「出たぁ~! 海獣だ!」
見張り台にいる男が騒ぐ。
その時。
海面が隆起し、蛇に似た海獣はその巨大な姿を現した。
「取り舵! 皆つかまれ!」
船は海獣を避けるように左右に舵を切り、船体が軋む音が鳴り響く。
だが海獣はしつこく追いすがってきて、おどろおどろしい頭部が甲板にまで乗り込んできた。
「この野郎!」
「化け物、死に晒せ!」
荒くれ者の船員たちが、斧や刀で海獣に殴りかかるが、その硬い鱗にすべてが弾かれる。
次々に船員が応戦するも、硬い鱗に刃が通じない。
私も否応なく参戦。
素早く海獣の頭部に愛剣を突き立てると、勢いよく鮮血がほとばしった。
……ん?
イケる。
多分武器の差だろうが……。
私は迫りくる鋭い二本の牙をかわし、妖しく光る眼に素早く、そして深く剣を突き刺した。
さらに突き刺した剣をねじり込み、海獣の脳髄であろう部位を破壊する。
そこから剣を抜き放ち、弱った海獣の頭部を切り飛ばした。
必死に戦っていたのから我に返ると、船乗りたちから歓声が沸いていた。
「うおぅ、この男すげぇぞ!」
「すげぇ! 海獣をやりやがったぜ!」
幾人もの船員たちから肩を叩かれ、賛辞を浴びる。
だが、私の体は海獣の紫色の体液でベトベトだった。
どうやら私は海獣を倒したらしい。
しかし、コメットの剥がれた鱗で作った新品の鎧が紫に染まってしまい、その悪臭が鼻を突いたのだった。
その日の夕方。
私はイオに鎧ごとデッキブラシで洗って貰ったのだった。
◇◇◇◇◇
その日の夜――。
海獣を倒したことで、船上はちょっとした宴であった。
私達にも干し肉と、温かいリゾットが振舞われた。
「海獣殺しの旦那。アンタはきっと商人たちに嵌められたんだぜ!」
変な呼び方で私を呼ぶロボス。
私に葡萄酒が入った杯を勧めてくる。
「なんでよ?」
「だってな、この辺に旦那が倒したヌシがでるのは有名な話なのだ。ヤツはこの辺をとおる船を片っ端から襲っていたからな!」
「……へぇ」
「まぁ、お陰様で、ここらがシマの俺達も助かるのだがな。がはは!」
まぁ騙されたかどうかはさておき、次の晩が明けた頃には、ゲイルの地へと着いたのだった。
◇◇◇◇◇
「錨を降ろせ!」
船は小さな美しい入り江に着き、重そうな錨を海へと投げ込む。
沿岸には、見た目が可愛いフカフカとした毛皮を身に纏った魔物がいっぱい泳いでいた。
「可愛いですね」
「ぽこ~♪」
イオは可愛いと眺めるが、多分こいつらホップの言う毛皮の材料だろう。
「奥方殿、奴等は意外と獰猛なので、近づかれぬ方が良いですぞ!」
ロボスの注意にイオがビックリする。
かくいう私も驚いたのだ。
見かけによる判断は気をつけねば……。
「上陸用意!」
私達は小舟に乗り込み、陸へと上陸した。
そこは木々が生い茂る、人気がほとんどない自然豊かな地であった。
「これは領主どころか、現地民もいないのでは?」
そうロボスに聞くと、彼も黙ってうんうんと頷いた。
「しかし、この土地は厄介ですぞ。近くの火山の影響で、あまり作物が育たぬ地ときいています」
同行する甲板長が、そのように教えてくれた。
だが、人の手がほとんど入っていない土地だ。
つまり、大量の水産資源や、手つかずの鉱物などが、大きく期待できる場所でもあったのだった。