「お味方潰走!」
「前線の状況はどうだ?」
「わかりません!」
私の部隊が陣を置くのは、女王様の新鋭部隊から、さらに後方の森の中だった。
前方から無数の敗残兵が逃げて来る。
伝令が味方の潰走を伝えて来るが、状況がサッパリつかめなかった。
「陛下はご無事か?」
「それが分かりません!」
「馬鹿か貴様!」
逃げて来る親衛隊に訪ねるも状況はさっぱりわからない。
……というか、主を捨てて逃げて来るなよ。
しかし、女王様の無事はなんとしてでも確保せねばならなかった。
「よし、私が様子を見て来る! 我が部隊の指揮はアーデルハイトに任せる! 味方を援護しつつお前たちも後退せよ!」
「はっ!」
私は部隊の指揮権を義姉上に任せ、ドラゴネットであるコメットに騎乗。
逃げて来る味方を掻き分け前方へと向かった。
森を抜けると、右手に高地が見えていたので登ってみる。
そこから下を見ると、味方の戦線があちこちで崩壊しているのが見て取れた。
「……やはり、新手が来ていたか?」
城からの敵兵だけでなく、他方面からの敵兵が、一斉にこの方面に押し寄せてきているようであった。
多分考えるに、敵がはなから狙っていたのは、この女王陛下の親衛隊だったのだろう……。
「出でよ、火球!」
敵城の城壁には数名の魔法使いが陣取り、味方の陣地めがけて魔法を放っていた。
そのせいで、周辺が明るく照らされる。
……そうじゃない。
そこじゃない。
敵の狙いは女王様。
逆に言えば女王様さえ助ければ、私の戦としては勝ちであった。
「……ん? あれは王家の旗!?」
ひと際目立つ大きな旗が、燃えながらに東側に動いているのが見えた。
「行くぞ、コメット!」
私はコメットを促し、高地から一気に駆け降りる。
コメットは馬よりも一回り大きい龍族。
その頑丈な足は、敵の歩兵を文字通り蹴散らした。
「敵将と見た! いざ!」
馬に乗ったフルプレートの騎士が向かってきたが、一撃でなぎ倒す。
私のロングソードはミスリル合金の名物。
私は、いつもはケチだが、武器にはお金をかけていたのだ。
「あいつは貴族だ! 手柄首ぞ!」
「兜首だ! 狙え!」
「どけぃ!」
コメットの速度が落ちて来ると、敵兵がワラワラと囲まれる。
右に左に愛剣を振り、敵をなぎ倒すがキリがない。
愛剣が血まみれになり、なまくらになりそうな頃。
ようやく敵の包囲を切り抜けたのだった。
「……あ、お味方ですね? この先にシャーロット陛下が……」
切り株で休んでいた味方の兵士に、王女様の居場所を教えてもらった。
疲れ切っていたコメットを休ませ、徒歩で茂みを掻き分けすすんだ。
「無礼者! 放せ!」
「くくく、その態度、さては生娘だな。観念せいや!」
茂みを掻き分けた先には、なんと敵兵に暴行されそうになっている女王様がいた。
破れた衣服が、そこら中に散らばっている。
「貴様! 死ね」
「ぎゃぁぁ!」
すぐさま敵兵の首を刎ね、女王様の裸体に素早くマントを被せた。
「……た、助かったぞ! シンカー。この恩には厚く報いるぞ!」
気丈にふるまう女王様であったが、恐怖からか膝ががくがく震えていた。
「まずは、こちらへお越しください」
「……う、うむ」
時刻は深夜――。
だが、あちらこちらに松明を持った敵兵がおり、王女様の身柄を探しているようであった。
私達は敵兵の姿を避け、慎重に小川まで達すると、そこでようやく水を飲むことが出来た。
コメットはガブガブと水を飲み、私も清水で咽喉を潤す。
王女様もゆっくりと顔を洗い、少し笑顔が戻ったのであった。
見つかるのが怖いので、火を炊くことはできなかったが、乾いたパンを王女様と分け合い食べる。
……旨い!
やはり空腹こそ最高の調味料だ。
「……では、参りますぞ!」
「はい」
「暫し、我慢いただきまする」
私は女王様をおぶった後、背中に縄で縛りつけた。
両手を自由にするためである。
その状態でコメットに跨り、獣道を駆けていったのだった。
「あそこに何かがいるぞ!」
「……ちぃ」
ところどころで敵兵に見つかり、その度に道を変える。
もう夜が明けそうだ。
早く敵領地から抜け出さねば。
明るくなりかかった時、見慣れた影が現れた。
顔の朝をぬぐい、目を凝らしてみると、ポコリナであった。
「ポコ~♪」
「おおう!」
……しめた。
これで助かったぞ。
どうやら味方部隊まで道案内してくれるらしい。
彼女はタヌキなので夜目も効く。
極めつけは、気配を消す魔法を使えることであった。
彼女と更に東に走ると、味方の敗残兵と多く出会う。
彼等に道を尋ね、更に東へと向かったのだった。
「殿ぉ~!! ご無事でしたか?」
完全に陽が昇った頃。
我が部隊の斥候と遭遇。
遂に味方部隊との合流を果たしのであった。
「よくぞご無事で!」
スタロンが心配そうに駆け寄ってきた。
「いやあ、死ぬかと思った!」
私は笑いながらにそう言った。
主の無事を確信し、兵士が歓呼する。
辺りを見渡すと、義姉上の眼にも涙が……、なんだか生きて帰ってきた実感がわいたのだった。
「シンカー、礼を申すぞ!」
「ははっ」
女王様にも改めて御礼を言われる。
彼女の身柄は、一旦義姉上の幕舎へと移し、着替えを済ませてから、近衛隊長のオルコックへと引き渡した。
「陛下ぁ~、良かった! よぉございました! ううっ……」
女王様の姿を見て、大男のオルコックが泣き崩れる。
まずは、めでたしめでたしといったところであったのだった。