「おおう? あの老人を口説いたのですか?」
「まぁ、お陰様でなんとか」
ノイジー城塞にアリアス老人を連れて帰ると、ミエセス子爵に驚かれた。
「嫉妬しなさんな、ミエセス卿」
「だれが!?」
どうやらミエセス子爵とアリアス老人は、古くからの顔なじみのようだった。
その晩、二人は酒を酌み交わし、昔話に花を咲かせたようであった。
翌朝――。
女王陛下率いる本隊が到着。
ノイジー城塞の賑やかさはピークに達したのであった。
◇◇◇◇◇
統一歴563年11月――。
オーウェン連合王国軍は、各地で一斉にガーランド商国に雪崩れ込んだ。
「掛かれ!」
「民は殺すなよ、略奪は許す!」
ガーランド商国軍は軍事力で劣る為、前線地帯の領主は城に籠った。
そのため、守りの薄い城下には火が放たれ、近隣の村々は略奪に遭ったのだった。
「隊長様、助けてください」
「駄目だ、こっちへ来い!」
この世界の主要な動力は人。
よって、略奪地の民は奴隷として高値で取引されたのだった。
各地が火に包まれる夜。
私は女王陛下の護衛として本陣近くの幕舎に詰めていたのであった。
「シンカー、邪魔するよ」
女王陛下がお忍びでやってきたことに、スタロンと共に大いに驚いた。
「陛下! こんなところに……?」
「いやいや、お忍びだから、そういうのは無しで!」
女王陛下は敬礼する我等に、止めよと身振りで示し、無造作に置かれている椅子に腰を下ろした。
「あ~肩が凝った。シンカー肩を揉んでくれ!」
「かしこまりました」
鎧を外し、シャーロット陛下の肩を揉む。
……結構、凝っているな。
「総大将とは大変なものだな。今日は、降って来る敵将との面会だけでも凄い数だったぞ!」
「左様、我が軍の勢いは凄いですからな!」
スタロンが相槌を打つ。
「ぽここ~♪」
ポコリナがシャーロット陛下の膝に乗り、ゴロゴロと甘える。
……全く、良い身分な奴だ。
「ポコリナも元気にしていたか?」
「ぽここ~♪」
シャーロット陛下はポコリナがお気に入りだ。
彼女は、魔法タヌキに頬ずりしてニコニコしていたのだった。
「時にシンカー、アリアスの翁を配下に向かえたそうだな?」
「はい、知恵者とも聞いておりますし、何かの役に立つかと……」
「あの老人は、以前は我が軍に仕えておったのだが、魔力が弱まってからは、軍を解雇されてな。私やオルコックを恨んでおるやもしれぬ」
「それほど魔力が落ちているので?」
私は心配になりシャーロット陛下に聞いてみた。
……ひょっとして、無駄飯食いを雇ってしまったか?
「うむ。昔は大魔法が使えてな。生きた攻城兵器と呼ばれていたぞ!」
攻城兵器は堅牢な防御施設を攻略するのに使われる。
しかし、その巨大な形の為に、作るのも運ぶのも大変だったのだ。
「で、今は如何ほど?」
「蠟燭に火を灯すくらい……、かな?」
「……うは、戦には使えませぬな」
「うむ。だから、お主は奇特な男扱いされておるぞ!」
「……あ、あはは」
その晩は、そんな驚愕な事実を聞いたりで、王女陛下と楽しく談笑したのであった。
◇◇◇◇◇
女王陛下は先の王の一人娘。
そんな女王の護衛隊は、安全な後方に位置した。
私の隊も護衛部隊の一つ。
ただ、遊軍は好ましくないとのことから、ガーランド商国東部の山城を攻略することとなった。
この城、特に重要地点でもないのに、オーウェン連合王国軍の本隊が迫ってきたのだ。
当然に、敵方は大慌てとなった。
「掛かれ!」
今回、八千名を超える我が方の指揮官は、近衛隊長のオルコックではなく、王女陛下の親戚のクロック将軍。
彼は血筋上、出世の道が約束されており、未来の宰相と噂されていた。
「どうして退くのだ? あのような小城、一瞬で落とさぬか?」
「畏まりました」
だが、このクロック将軍、戦の才はからっきしのようで、また、そうであるからの後方配置であった。
敵兵は少ないようだが、こちらの司令官の稚拙な采配のせいで、敵城が落ちないのだ。
「……ふああ」
私は、あくびをしてそれを見ていた。
先のノイジー要塞での戦いで手柄をたてた私は、これ以上手柄をたてないように、予備部隊として後方に配されたようであった。
「逃げろ!」
僅か五百名の敵軍にいいようにやられる我が軍。
さほど死傷者は出ていないが、まったくの良い所なしで、三日が過ぎようとしていた。
◇◇◇◇◇
硬直状態が続く陣中。
「殿!」
「はい?」
アリアス老人に呼ばれた。
「私は戦陣にいても役に立ちませぬゆえ、リルバーン家の領地へと伺ってもよろしいですかな?」
「ええ、構いませんよ」
確かに魔法があまり使えぬ魔法使いを前線においても仕方ない。
時間が空いているときに領地を見てもらうのも良いと思ったのだった。
「これをもっていってください」
アリアス老人に一通の手紙を渡す。
それはキムやラガーに宛てた紹介状だった。
「では!」
老人を見送った日の夕方。
「逃げろ!」
「女王陛下を守れ!」
何と、まさかの寡兵の敵軍に奇襲され、我が軍は大混乱に陥る。
女王陛下の行方すらわからないという大失策を犯したのであった。