王都から帰ってからすぐ。
各貴族の領地のそれぞれで収穫祭が開かれる。
我がリルバーン家も収穫祭の真っ最中であった。
「ご領主様! 今年もありがとうごぜぇますだ!」
「良かったら是非食べてくだせぇ!」
「ああ、ありがとう!」
レーベの街を歩くと、明るい表情の人々に声を掛けられる。
多分、豊作だったのだろう。
また、収穫物を分けてくれる民草もいた。
「さてと……、どうしたものかな」
私は領主の館で、書類の山に囲まれていた。
新規の耕地を増やしたり、占領地が増えたりしたため、収穫は増えた。
ただそれに関する新規の事務手続きが膨大な量となっていたのだ。
「アーデルハイト!」
「なんでしょう?」
私はそばに控える義姉を呼んだ。
「今夜、レーベの町で開かれる祭りで、領主代行として祭りを取り仕切って欲しい。私はこの書類の山で無理そうだ」
「畏まりました」
義姉はそういって部屋を出ていった。
そもそもここは彼女の先祖の領地なのだ。
各村々の長達とも、彼女は小さいころから顔見知りであったのだ。
「お前様も、お祭りに顔を出した方がいいのでは?」
お茶を持ってきたイオに、そう言われる。
「……ああ、私の統治に未だ反感がある人々も多いだろう。私が出るにはきっと時間が必要なのだよ」
「そ、それはそうかもしれませんが」
イオが悲しそうに顔を俯かせる。
「あと、人付き合いも面倒だしな。イオも祭りに出て来てくれ。そこで私のことも良く宣伝しておいてくれ」
「ふふ、わかりましたわ」
なんだかわからない笑みを携え、彼女は部屋を出ていった。
書類仕事のできるキムは、北部山地の金山開発で手一杯。
何でもそこそこ期待できるラガーは、海の衆たちの宴に出席中であった。
スタロンは脳筋で書類仕事は駄目で、街の警備にあたっている。
……と、いうことで、基本的に書類仕事は私だけが行うことになるのだった。
その晩は、皆が持ち帰ったお祭りで出たご馳走を食べることが出来た。
鹿の香草焼きや、かぼちゃのクリームスープ等。
普段食べられないモノのオンパレードだ。
少し冷えていたが、とても美味しく、収穫の幸せを皆と分かち合ったのであった。
◇◇◇◇◇
統一歴563年10月――。
各地の収穫祭が終わり、農閑期に入る。
手の空いた農家の次男三男が、出稼ぎの傭兵となるのもこの時期である。
女王陛下にも言われていた用件で、王宮から急ぎのご使者が来た。
「王命である! リルバーン殿。西にはびこる凶徒どもを討伐するために陛下のもとへ馳せ参じよ!」
「ははっ」
「子細はここに書かれておる。励まれよ!」
詳しい王命が書かれた羊皮紙を私に手渡すと、ご使者は急ぎ馬で帰っていった。
「……ふう」
「殿、命令書を読ませて頂いてよろしいですか?」
「ああ構わんよ」
家宰のアーデルハイトに羊皮紙を渡す。
彼女は命令書をテーブルの上に拡げた。
「……ほぉ、兵数は二千名を要求されていますな」
旧臣たちの中心。
モルトケが自慢の顎髭をさすりながらに呟く。
「各地の警備部隊を残せば、妥当な数でしょう?」
「しかし王都の奴らめ、ガーランド商国を凶徒呼ばわりとは……。これでは相手の戦意をあげるだけではないか?」
「そうじゃて全く」
リルバーン家に仕える騎士たちは、王家の方針に対してあまり好意的ではないようだった。
まぁ、遥か西国への出陣。
自分の領地から遠くなるで、しかたないことではあったのだ。
「……で、殿。陸路での道はいずれをとおりますかな?」
モルトケに進軍ルートを尋ねられたが、私はそのいずれのルートも却下した。
「私は海路で向かおうと思う」
「しかし、海の衆は信頼に値しまするかな?」
モルトケは少し心配そうだった。
海の衆は独立の機運が強く、王家や貴族家の風下には立たなかったのだ。
「信頼を築くためにも海の衆の船を使わねばな。まぁ心配するな。ウィリアムを通じて彼等には多額の礼を弾むし、彼等も我々が負けねば背きはしまい」
「……それならば、ようございます」
まぁ、何のことはない。
渡航代は私が全て出すのだ。
旧臣たちに反対されるいわれはなかったのだった。
「……では、十日以内に兵をレーベに集めよ」
「はっ」
こうして各騎士たちは、領地へ戻りお供の兵士を連れて来る。
これがオーウェン連合王国各地で、同時に大規模で行われたのであった。
◇◇◇◇◇
「荷を積み込め!」
はしけでは、海のいかつい男たちが荷積みの作業をしている。
我々武装した将兵は、海の衆の船5隻に分乗。
槍や矢などの加え、糧食なども積み込んでもらった。
「出航!」
船旅は順調で、たった半日の旅程で、王都シャンプールについた。
ここでは、新鮮で奇麗な飲み水などを積み込む。
「あはは、この調子では、戦場一番乗りは我が軍に違いありませんな」
「そうですな。あはは!」
モルトケたちもご機嫌で、大きな声で笑った。
軍が進軍する際には、物資の輸送を馬車に任せる。
馬は飼い葉や大量の飲み水を必要とし、なかなか移動速度があがらないのだ。
その点。
船は天気さえよければ、大量の物資を素早く運べたのであった。
お金はその分かかったが、新しい領地からの収穫があった我がリルバーン家は豊かであったのだ。
そろそろ出航かという時。
向こうから、王宮からと思しき急ぎのご使者が駆けてきた。
「ご注進! ご注進!」
私は、ご使者を船へと招いたのであった。