統一歴563年7月――。
平野に広がる麦畑は青々しく、農民たちがいそいそと働いている。
「出陣じゃ!」
「「「おう!」」」
私は訓練した兵たちを率い、レーベの東北に位置する山岳地帯に進んだ。
相手は山地を根城にする山賊。
訓練の総仕上げといった感じであった。
兵たちの装備はキムに買い付けてもらい、歩兵には新品の皮鎧に、錆のない銀色の槍を装備させていた。
少数ながらも良馬も買い揃え、騎兵を整備。
騎兵には銀色の鎖帷子を装備させていた。
「あんな奴等、ほおっておいてもいいのでは?」
この山岳地への侵攻、実は、旧臣たちは反対した。
何故なら、目的の山地には農地が少なく、手柄をたてても得るものが無かったためだ。
貴族家の家臣と言っても、実のところはこのような体裁で、私の手足となって動いてくれるわけでは無かったのだ。
私は彼等の意を尊重し、直衛部隊500名のみを率いての戦いであった。
旧臣たちは土地もちの自営業者だが、私の直衛部隊は月給取りの常備軍。
つまり戦いが無くても給料は払わねばならない。
オーウェン王国の貴族達は、このような月給取りの兵士を雇う者は少ない。
有事の際は、傭兵を雇うという慣習であったのだ。
私は部隊長にスタロン達に加え、オヴを指南役として同道。
山岳地帯を進んだのであった。
◇◇◇◇◇
敵が潜むであろう山の中――。
うっそうと茂る草を分けながらの進撃。
場所によっては、腰まで水に浸かる沼地もあった。
ゲリラ戦が仕掛けられる山賊側が有利な気がするが、こちらの直衛部隊の兵士も、元は山賊やら、腕利きの傭兵達。
途中の小規模な抵抗を排して、山賊どもの根城へと進んだ。
「何しに来やがった!? ここには御貴族様が欲しがるものは何もないぞ!」
山賊の砦の門の上から、親分のような大男が声をあげた。
私は貴族になったのはつい最近。
もとはと言えば、彼等と同じような身分だった。
「道中の安全を脅かすお前たちを排除する!」
私は負けずに声を大にした。
確かに山賊たちは街道まででて追剥などをする。
だが、本当に山の中まで軍隊を繰り出して討伐する貴族などいなかった。
それだけコスパの悪い行為だったのだ。
「うるせぇ!」
敵は逃走を試みるが、こちらの兵たちは素早く砦を囲んでいた。
こういう手早い組織だった行動に、訓練の成果を感じる。
「弓放て!」
ロングボウ兵が矢を放ち、物見やぐらにいる山賊たちを射落とした。
「掛かれ!」
そして梯子を持った歩兵たちが、四方より塀をよじ登り、砦内へと乱入。
スタロンとその従者が門を内側からあけ放った。
「騎兵、突撃!」
肥えた馬に乗った騎士たちが突入。
山賊地の砦をあっという間に陥落せしめた。
「えいえいおー!」
鬨の声をあげ喜ぶ兵士たち。
小さな勝利であったが、確実な勝ちであった。
この後、更に2つの山賊のアジトを攻略。
こうして領内の賊徒を、ほぼ完全に壊滅へと追いやったのであった。
◇◇◇◇◇
山賊討伐から三日後。
オヴの元へ、彼の領内から連絡が来た。
「シンカー、悪いが領地をあけ過ぎたようだ。帰らねば……」
彼とは随分仲良くなって、最近では下の名前で呼ばれている。
「ああ、いろいろ助かったよ! 収穫祭にでもまた会おう」
そう別れを告げたつもりだったが、彼は一匹の騎乗用のドラゴネットを連れて戻ってきた。
ドラゴネットとは小型の竜で、大きさは馬より一回り大きいだけの代物で、もちろん空は飛べない。
「我が家門を借金から救ったお前にこれをやる」
「いいの?」
「ああ」
本来ドラゴネットは、ケード連盟の門外不出の兵器とも言われていた。
「ありがとう!」
「大切にしてくれよ」
こうして戦巧者のオヴは数名の従者を連れて、北の地へと帰っていったのであった。
◇◇◇◇◇
統一歴563年8月――。
イシュタール小麦の穂が重たくなっている。
我がリルバーン家は、旧領として2万ディナール。
新規開拓地として1万ディナール。
エウロパ含め東方の征服地2万ディナール。
全て合わせて5万ディナール。
これはオーウェン連合王国の侯爵に比類する取れ高であった。
私は秋の収穫を楽しみに、新たに領土とした元山賊の支配地へ旅行に行くことにした。
イオとポコリナを連れた、完全な私的な旅程であった。
「ぽこ~♪」
「いってきます!」
イオと共に門守る衛兵に挨拶する。
新たに乗馬としたドラゴネットに乗り、ひたすら東北部の山岳地へと向かった。
獣道同然の茂みを掻き分け、岩場をよじ登った。
よくやく小川の流れる開けた地に出て、お弁当としたのであった。
パンの良い香りが漂い、炙った干し肉に涎がでそうだった。
「美味しいね!」
「うふふ……、よろしゅうございました」
「ぽこ~♪」
イオは政略結婚であったが、私に優しくしてくれた。
貴族と傭兵の文化差はあったが、うまくやっていると自負している。
イオと小川で遊び寛いでいると、ポコリナが対岸で鳴いて騒いでいた。
「どうした?」
「ぽここ~♪」
小川の浅い部分。ポコリナが指し示すところには、砂の中に砂金が混ざっていたのだ。
「おお、凄いぞ!」
「まぁまぁ、奇麗ですね!」
……自領に金鉱脈がある?
私の鼓動は、かつてなく高鳴ったのであった。