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第14話……梅雨の練兵

「……いやあ、分かりませんかな? 恥ずかしながら我が領は、リルバーン殿のそれには全く劣りまする」


 確かにこの土地は貧しい。

 ざっと見てきただけでも、風車も水車も少なく、小麦の収穫が少ないのは明らかであった。


「しかし、貧しいとはいえ、連盟の主を裏切ることになるのでは?」


「いやいや、そうはなりませぬ」


 オヴは顔を和らげ、酒を飲みながらに話を続けた。


「実を申せば、ケード連盟の諸領主は、内緒で周辺諸侯の傭兵を副業としております。ワシもそれに見習おうかと思いまして……」


 この話が正しいのかと、こっそりスタロンに聞く。

 どうやら正しいらしいが、オヴほどの大身が傭兵になる話は、聞いたことがないとのことだった。


「しかし、オヴ殿の率いる兵は多い。それを賄う財力が当方にあるかどうか……」


 私はわざと困ったような顔をしてみた。

 が、オヴの表情は変わらない。


「あはは、御冗談を! 我等はリルバーン殿の領地が、明らかに豊かと調査した後に兵を起こしたのですぞ! しかも、リルバーン殿の用兵は兵站を無視しない。我等も飢えて戦うのは嫌ですからな。ははは!」


 オヴは大きな杯で酒をあおる。

 しかし、顔は笑っていても目は笑ってはいなかった。


 私は正直、少し困った。

 主家たる王家に無断で、他国の領主と盟約を結んでいいものかと。

 腕組みして悩んでいると、オヴはにじり寄ってきた。


「恥を忍んで御頼みもうす。この春も我が領地は不作にて、領民が飢えに苦しんでおる。そのうえ、商人どもへの借財もあるのじゃ!」


 迫力のある武人のオヴの顔が、目の前に迫りビックリする。

 まぁ、ここまで頼まれて断るのも礼に失するというもの。

 受けて立つことにしたのだった。


「わかり申した。オヴ殿の武力を御頼みもうす。我が方は財力をもって援助いたす」


「ありがとうござる!」


 オヴは私に抱き付いてきた。

 彼は意外と涙もろいのかもしれない。


 ……いや、怪力で抱きしめられて痛い。


「ゴ、ゴホン」


 スタロンの咳払いでオヴは離れてくれた。

 それから、我々は楽しく酒を飲み、僅かな肴で盛り上がったのだった。




◇◇◇◇◇


 私とスタロンは、馬を飛ばして自領に戻った。

 領の中心地レーベの館に急ぎ入る。


「アーデルハイト! 金貨を用意できるか?」


「はい、いくらご用意いたしましょう?」


 我が家の金庫番はアーデルハイトが務めていたのだ。

 彼女にスタロンの身代金の金貨を出金してもらう。


「ラガー! その金で王都シャンプールのイシュタル小麦を買い集めて参れ!」


「は? 収穫が終わったばかりで、麦はあまっておりまするが!」


「……実はな」


 私は事情を皆に話した。

 先に戦ったオヴが味方になってくれるということ。

 そのオヴの領地は飢饉で、小麦が至急必要だということも……。


「わかり申した。至急買い付けて参ります!」


「……あ、ウィリアムに言って船を用意させる。運ぶためにも船で行ってくれ!」


「はっ」


 シャンプールからオヴの領地であるジフまでは、道がとても険しい。

 しかし、山から比較的幅のある川が流れていた。

 そこをさかのぼれば、安易に小麦が運べるのではないかという公算だったのだ。


「あと、小麦を運んだらすぐに出兵とする!」


「……え!? 敵はいずこですか?」


 アーデルハイトは素っ頓狂な声で応じた。

 確かに今のところ敵はいない。


 だが、オヴの力を使えるのは今の内だけかもしれない。

 今の間に兵を鍛えておかねばならなかったのだ。


 その10日後には買い付けが無事終了。

 その後、小麦は速やかにオヴの領地へと運ばれたのだった。




◇◇◇◇◇


 統一歴563年6月。

 泥濘を作る梅雨の雨が、今日は一段落。

 空には晴れ間が広がっていた。



「前衛、前進!」

「右翼、交代!」


 今日はオヴを教師に招いた訓練の日であった。

 ラッパや太鼓に応じ、我が軍の兵たちが右往左往する。


 ……そう、右往左往なのだ。

 とてもじゃないが、常在戦場のケード連盟の兵士のようにすぐ成れるわけがない。



「こら! 急がんか!」

「すみません!」


 意外と旧臣たちは訓練が好きなようだ。

 逆にラガーやキムは用兵を苦手としているようだった。



「ここは如何様にすればよいですかな?」

「ふむ」


 特にオヴと仲良しになったのは、剣を実際に交えたモルトケだった。

 彼等はまるで師匠と弟子のようであった。



「全体止まれ!」


 私の笛の音で全軍が止まる。

 ……う~ん、感無量。


 オヴは見事2週間の短期間で、急造の我が軍を、一端の正規軍と言っても過言のない練度としてくれたのであった。


「オヴ殿は手練れですな! お見事!」


「いやいや!」


 旧臣たちの誉め言葉に、オヴは照れ笑い。

 きっとオヴは単純で良いやつなのだろう。

 私はうれしくなり、そして安堵したのであった。



「あと、今回の訓練の礼金。オヴ殿の商人への借財は、リルバーン家がお支払い申した」


「……ほ、本当でござるか!?」


「お安い御用でござる!」


 実はこの件、お安くなかった。

 私はオヴにカッコいい顔をしたいがために、ラガーたちに無理をいって金を用立ててもらい、更には足りない分は借財してしまった。


 ……うん。

 私は駄目領主かも知れないね。

 そうして再び、空が雨粒を降らして来るのであった。

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