「……いやあ、分かりませんかな? 恥ずかしながら我が領は、リルバーン殿のそれには全く劣りまする」
確かにこの土地は貧しい。
ざっと見てきただけでも、風車も水車も少なく、小麦の収穫が少ないのは明らかであった。
「しかし、貧しいとはいえ、連盟の主を裏切ることになるのでは?」
「いやいや、そうはなりませぬ」
オヴは顔を和らげ、酒を飲みながらに話を続けた。
「実を申せば、ケード連盟の諸領主は、内緒で周辺諸侯の傭兵を副業としております。ワシもそれに見習おうかと思いまして……」
この話が正しいのかと、こっそりスタロンに聞く。
どうやら正しいらしいが、オヴほどの大身が傭兵になる話は、聞いたことがないとのことだった。
「しかし、オヴ殿の率いる兵は多い。それを賄う財力が当方にあるかどうか……」
私はわざと困ったような顔をしてみた。
が、オヴの表情は変わらない。
「あはは、御冗談を! 我等はリルバーン殿の領地が、明らかに豊かと調査した後に兵を起こしたのですぞ! しかも、リルバーン殿の用兵は兵站を無視しない。我等も飢えて戦うのは嫌ですからな。ははは!」
オヴは大きな杯で酒をあおる。
しかし、顔は笑っていても目は笑ってはいなかった。
私は正直、少し困った。
主家たる王家に無断で、他国の領主と盟約を結んでいいものかと。
腕組みして悩んでいると、オヴはにじり寄ってきた。
「恥を忍んで御頼みもうす。この春も我が領地は不作にて、領民が飢えに苦しんでおる。そのうえ、商人どもへの借財もあるのじゃ!」
迫力のある武人のオヴの顔が、目の前に迫りビックリする。
まぁ、ここまで頼まれて断るのも礼に失するというもの。
受けて立つことにしたのだった。
「わかり申した。オヴ殿の武力を御頼みもうす。我が方は財力をもって援助いたす」
「ありがとうござる!」
オヴは私に抱き付いてきた。
彼は意外と涙もろいのかもしれない。
……いや、怪力で抱きしめられて痛い。
「ゴ、ゴホン」
スタロンの咳払いでオヴは離れてくれた。
それから、我々は楽しく酒を飲み、僅かな肴で盛り上がったのだった。
◇◇◇◇◇
私とスタロンは、馬を飛ばして自領に戻った。
領の中心地レーベの館に急ぎ入る。
「アーデルハイト! 金貨を用意できるか?」
「はい、いくらご用意いたしましょう?」
我が家の金庫番はアーデルハイトが務めていたのだ。
彼女にスタロンの身代金の金貨を出金してもらう。
「ラガー! その金で王都シャンプールのイシュタル小麦を買い集めて参れ!」
「は? 収穫が終わったばかりで、麦はあまっておりまするが!」
「……実はな」
私は事情を皆に話した。
先に戦ったオヴが味方になってくれるということ。
そのオヴの領地は飢饉で、小麦が至急必要だということも……。
「わかり申した。至急買い付けて参ります!」
「……あ、ウィリアムに言って船を用意させる。運ぶためにも船で行ってくれ!」
「はっ」
シャンプールからオヴの領地であるジフまでは、道がとても険しい。
しかし、山から比較的幅のある川が流れていた。
そこをさかのぼれば、安易に小麦が運べるのではないかという公算だったのだ。
「あと、小麦を運んだらすぐに出兵とする!」
「……え!? 敵はいずこですか?」
アーデルハイトは素っ頓狂な声で応じた。
確かに今のところ敵はいない。
だが、オヴの力を使えるのは今の内だけかもしれない。
今の間に兵を鍛えておかねばならなかったのだ。
その10日後には買い付けが無事終了。
その後、小麦は速やかにオヴの領地へと運ばれたのだった。
◇◇◇◇◇
統一歴563年6月。
泥濘を作る梅雨の雨が、今日は一段落。
空には晴れ間が広がっていた。
「前衛、前進!」
「右翼、交代!」
今日はオヴを教師に招いた訓練の日であった。
ラッパや太鼓に応じ、我が軍の兵たちが右往左往する。
……そう、右往左往なのだ。
とてもじゃないが、常在戦場のケード連盟の兵士のようにすぐ成れるわけがない。
「こら! 急がんか!」
「すみません!」
意外と旧臣たちは訓練が好きなようだ。
逆にラガーやキムは用兵を苦手としているようだった。
「ここは如何様にすればよいですかな?」
「ふむ」
特にオヴと仲良しになったのは、剣を実際に交えたモルトケだった。
彼等はまるで師匠と弟子のようであった。
「全体止まれ!」
私の笛の音で全軍が止まる。
……う~ん、感無量。
オヴは見事2週間の短期間で、急造の我が軍を、一端の正規軍と言っても過言のない練度としてくれたのであった。
「オヴ殿は手練れですな! お見事!」
「いやいや!」
旧臣たちの誉め言葉に、オヴは照れ笑い。
きっとオヴは単純で良いやつなのだろう。
私はうれしくなり、そして安堵したのであった。
「あと、今回の訓練の礼金。オヴ殿の商人への借財は、リルバーン家がお支払い申した」
「……ほ、本当でござるか!?」
「お安い御用でござる!」
実はこの件、お安くなかった。
私はオヴにカッコいい顔をしたいがために、ラガーたちに無理をいって金を用立ててもらい、更には足りない分は借財してしまった。
……うん。
私は駄目領主かも知れないね。
そうして再び、空が雨粒を降らして来るのであった。