「この度の御援軍。誠にかたじけなく!」
私はフィッシャー宮中伯の本陣を訪れ、援軍のお礼を言う。
「……まぁ何、貴公を見殺しにすると陛下が煩いでな」
「あはは、そんなこともありますまい」
私がそう言うと、宮中伯は此方をじっと睨んでくる。
彼はきっと、私のことがあまり好きではないのだろう。
「まぁどちらにせよ、貴公の領地が侵されれば、王都まで指呼の間。援軍を送らぬ手はないだろうて……」
そう、それは正しい。
レーベは東にあるエウロパより、西にあるシャンプールの方が近かったのだ。
「おもてなしの準備をさせますゆえ、我が領都レーベまでお越しくだされ!」
「それには及ばぬ。わしは忙しいのでな。また王都の収穫祭で会おう」
「はっ」
そんなやり取りの後。
戦後処理を行い、王都からの援軍は、隊列を揃え粛々と去っていった。
こうしてロア平原の戦いは、オーウェン連合王国の勝利と記されることとなった。
だが今回、ケード連盟は組織だって攻めてきたわけではない。
国境境の領主同士の小競り合いに、勝利したというのが正しい見方だろう。
◇◇◇◇◇
統一歴563年4月――。
我々の軍は隊列を整え、レーベの街に凱旋した。
「流石はご領主様じゃ!」
「リルバーン家万歳じゃ!」
街の大通りには、歓声と紙吹雪が舞う。
我が方の兵士たちも家族たちと再会、無事を喜び合ったのだった。
一部、戦乱を避け、街から逃げていた民ももどり、街には活気が戻ったのだった。
「はぁ~、疲れたな」
「お疲れ様!」
旧臣たちとの会議の後。
リルバーン家の館の自室で、スタロン達と寛ぐ。
「しかし、奴等は強かったな。今後どう対処してみたものか?」
私が今後の対策を求めた際。
口を開いたのはアーデルハイトであった。
「先日の敵将、オヴという者はタイヒ連峰の麓の領主だそうです。武勇に優れた猛将だそうで……」
「そうなのか」
……だよね。
戦慣れして強かったもん。
「それとは別に、モルトケ殿を助け出さねば」
「身代金か……、一体いくら必要なんだろう?」
モルトケは旧臣たちの筆頭格だ。
見殺しには出来ない。
「だれかを使者をたてて。金額を聞きださねばなりませんな! なんなら拙者が行きましょうか?」
スタロンが立候補を兼ねてそう言ってきた。
「うん、そうだね。私も行くから付いてきて」
私がそう言うと、アーデルハイトが驚いた。
「殿! なぜ、そんなことを? 危険すぎます!」
「いやいや、私こそ、元は一介の傭兵。死して悲しむものは少ない」
こうして、オヴの領地へは私とスタロンが向かうことになった。
スタロンの剣の腕は頼もしいのだ。
そして、久々の旅路だ。
せいぜい楽しんでいくつもりであった。
◇◇◇◇◇
「気をつけてくださいませ!」
「ああ、いってくる」
唯一の家族というべきイオが見送る中、スタロンと北へと旅立つ。
沿道は豊かな小麦畑が広がる。
昼時、小川のほとりで馬に水をやり、昼休憩とした。
イオから貰ったお弁当箱を開けると、粗塩がふられ焼かれた牛タンと、焼しめた乾いたパンだった。
「旨いな!」
牛タンは私の好物だが、オーウェン王国では嫌われおり、肉とはいえ比較的安く手に入る。
お弁当は保温の魔法が掛かっており、温かくて美味しかった。
それから二日後。
領境を超えると、そこは険しい山間地であった。
そもそもケード連盟自体が、主に山岳地を領土としていて、総じて土地が貧しかったのだった。
「ここからら北東ですね」
「ほう」
地図はスタロンに任せ、細くなった街道を進む。
出会う旅人は少なくなり、より険しい山間部へと進んだ。
途中の小川は奇麗で、遥か高山を眺めれば、僅かに雪があった。
「おお!」
「着きましたな」
洞窟のような深い茂みを抜けると、あまり広くない盆地へと出た。
山々に挟まれた土地には、窮屈そうに畑が広がっていた。
その真ん中に小さな集落がある。
これがオヴの領地であった。
狭い領地なのに、兵士の動員率は高い。
食料の生産量が少ないために、副業が兵士という領民の割合が、とても多いという噂だった。
「ご領主様に御目にかかりたい」
領主の館を訪ね、衛兵に用件を伝えた。
「ご領主様がお会いになるそうです」
意外なことに、すんなり通された。
メイドさんが館の奥へと案内してくれる。
「よくぞ参られた」
領主であるオヴという男は、猛将らしく顔に無数の傷があった。
「かけられい」
丸テーブルにある席をすすめられた。
そこには料理と酒が運ばれ、オヴと私、そしてスタロンが席についた。
「……で、お話というのは、ご家臣の釈放の件ですな?」
「はい。左様です」
「では、金貨5000枚でいかがでござろう?」
「なんですと!?」
私は、相手の提示してきた金額に驚く。
金貨5000枚とは、中型の商船が一隻新品で買える値段であった。
モルトケは下級貴族であったが、その値段はやはり法外と言えた。
「もうすこし、まかりませんかな?」
「あはは、商人でもあるまいし、値切るとは……」
オヴは「貴族が値切るな」といわんばかりだ。
確かに、生まれながらにして高貴な家に生まれた人は、きっと値切ったりしないのだろう。
しかし、私とスタロンは粘り強く交渉した。
「……ぬぅ、分かり申した。半額の2500枚ではどうですかな?」
「むぅ。わかり申した」
値切りに値切って妥結。
モルトケの釈放が合意に至った。
「ところで……、我らを雇ってみませんかな?」
「へっ!?」
突然のオヴの言葉に私は驚き、声が裏返ってしまったのだった。