港湾都市というべきエウロパの小さな行政府で初の会議。
窓から見える海は奇麗で、カモメが気持ちよさそうに空を飛んでいた。
「ご領主様よ、まずは何をやるんだ?」
初めにスタロンにそう問われた。
「うーん。この港の漁業で獲った魚を、効率よくお金にできないかな?」
「肉や魚は腐りますからなぁ……」
畜産による肉、それと漁業による魚は、庶民にとっては高嶺の花であった。
普通の日にまず食卓に並ぶことはなかった。
なぜなら、肉も魚も腐ることが問題で、貯蔵や輸送に難があったのだ。
「保存に塩……、そうか! 塩か? 塩なら、わが領内の海でとれるな!」
窓の外に広がる海。
そこは無限に塩を供給してくれる場所だったのだ。
「……塩ですか? それなら早速取り掛かりますか?」
「ああ、そうしてくれ!」
私はスタロンに返事をする。
そして、塩を作る事業を彼に任せたのであった。
「あとは塩漬けにする魚の買い付けですかな?」
そうラガーが聞いてきた。
「よく魚を塩漬けにするってわかったね?」
「……ええ、商人の勘ですかね? それが一番お金になりそうなので!」
「じゃあ、魚の買い付けと、干物への加工はラガーに任せるよ!」
「はい! お任せください!」
塩漬けにした魚を干し、それを魚があまり出回らない王都シャンプールに出荷。
もし、それが出来れば、巨額な収益が見込めたのであった。
「……あとは、道だな」
王都シャンプールとエウロパの間は道が悪かったのだ。
だがもう、仕事を頼める家臣がいなかった。
スタロンもラガーも出払っている。
ここに至って、リルバーン家の旧臣たちに助けを求めるのも癪だ。
灌漑工事を頼んでいるキムを早く呼び寄せないとな……。
「……ポコ?」
すまん。
タヌキじゃ無理なんだ……。
◇◇◇◇◇
「ポコ~♪」
「海が奇麗ですわね」
エウロパの街の復興などを部下に任せ、私はイオとポコリナを誘って、小舟で海にでていた。
この街は入り江に面し、そのため海は比較的静かであった。
だが、この小舟、ボロがきていて、油断していると水が染み入るほどであった。
「ウキが沈んでますわよ!」
「ああ!?」
慌てて仕掛けをあげるも、餌は奇麗にとられていた。
「ポコ~♪」
「あはは!」
私は気まずいが、イオやポコリナは笑ってくれた。
まぁ、血みどろで戦い続けている自分が、こんな幸せな生活を送っていいのか。
偶に自問自答したくなる時がある。
きっと、幸せな勝者は、敗者の上に成り立っているのだ。
いつかは私も敗者になる。
そう思うと、今日のような幸せを手放したくない私であった。
「助けて!」
黄昏てれていると、港から助けを呼ぶ声が……。
声がする方向へ急いで小舟を漕ぐ。
そうすると、ならず者三名に囲まれている白い髪の少女が見えてきた。
「まてまて!」
私は急いで小舟を岸につけ、少女のもとへと駆け寄った。
「誰だ! 貴様は!?」
男どもは大きな怒声をあげて、私をけん制してきた。
私はロングソードを抜き、剣の切っ先を賊たちに向けた。
「野郎! やんのかテメェ!」
「上等だコラ!」
男二人は私を脅してきたが、もう一人の男の様子が変だった。
「あ、あ……、赤いロングソード。アンタもしかして狂剣士のシンカーじゃねぇか?」
……うん?
随分昔の私を知っている奴がいたものだ。
「お前たち、逃げるぞ!」
そう言い、ならず者三人は慌てて逃げていった。
「助けてくれてありがとうございます! ……あ、そうだ! おじいさまに会っていってください」
少女はそう御礼を言い、私達を祖父のもとへと連れて行く。
そこはエウロパの町でも、小さな造船所などが立ち並ぶ集落だった。
「孫娘を助けてくれてありがとうございます!」
老人は涙ぐんで、少女の無事を喜んだ。
「いえいえ、たいしたことはしていませんよ」
「ポコ~!」
「まぁまぁ、むさくるしい所ですが、こちらへどうぞ!」
身なりから熟練の船大工と思しき老人は、私達を建物の奥へと導く。
奥では、給仕さんが暖かいお茶を用意してくれた。
「……む、ひょっとして、貴方様はご領主様では……」
……バレタ。
「実はそうなのです。あはは……」
私が照れ臭そうに身分を明かすと、老人も自己紹介をしてくれた。
老人はウィリアムといい、ここら辺の船大工たちの棟梁であった。
「ご領主様、以後、船のことなら任せてくだせぇ!」
「おう! 頼むぞ!」
その後、ウィリアムに連れられ、船大工の会合などにも出席。
酒も交えて、大いに情報交換をしたのであった。
――後日。
「ご領主様ぁ~♪」
小高い丘の上に立つ領主の館で寛いでいると、港の方から声がする。
遠眼鏡で見ると、真新しい小さな船の上で、ウィリアムが手を振っていた。
「元気かぁ~!?」
「ポコ~♪」
彼等は船から降りてきて、領主の館に訪ねてきてくれた。
「あの船は立派だなぁ。いいなぁ!」
私がそう言うと、ウィリアムがニッコリと笑った。
「あの船を差し上げます!」
「……ぇ? いいの」
「ええ、もちろんですとも! 娘を助けて下さった御礼です。受け取ってください!」
こうして私は新しい釣り船を手に入れたのだった。