「あいや、待たれい!」
「なんだてめぇ!?」
「殺されてぇのか?」
私が声をかけた途端、敗残兵たちは殺気立った。
こうなれば言葉は不要。
剣での実力だけがモノをいった。
実は、剣の腕なら少々自信があったのだ。
カキーン!――
私は敗残兵たちのリーダー格の剣を一瞬で弾き飛ばし、その喉元に剣の切っ先をあてがった。
「覚えていろ!」
案外簡単にならず者は退散していった。
血を見ないで片が付くのはいいことである。
「あ……、ありがとう」
気弱そうな少女は、小さな声でお礼を言った。
「大したことはしてないですよ。東に行くなら一緒に行きませんか?」
放置すれば、また同じような目に遭うに決まっている。
どうやら、向かう先も同じようである。
私は同行を提案してみた。
「よろしいのですか?」
「……でも、食事くらいは奢ってもらえますかね?」
「ええ、喜んで!」
少女は思った通りお金持ちの貴族だった。
名前をシャーロットというらしい。
戦地から無事に逃げ延びるため、男装しているとのことだった。
私は彼女の実質上の用心棒を務め、彼女は代わりに宿代やご飯代を支払ってくれた。
お陰でお昼から肉が食べることができ、夜は上等なフカフカの寝具で寝ることができた。
まさにウィンウィンの関係だった。
「ねぇ、シンカーさん。良ければ私と友達になってくださいませんか?」
ふとした時、彼女はこう提案してきた。
「ええ、私で良ければ構いませんよ!」
私はすぐにこう答えた。
お金持ちの貴族と繋がるのは悪いことではない。
この旅の同行自体も、そういった社会的な下心がないでもなかったからだ。
私達は時に楽しく会話しながら、肥沃な農耕地帯であるファーガソン地方を東に抜け、ソーク地方を経由して、オーウェン王国の本領へと入ったのだった。
◇◇◇◇◇
私達がオーウェン王国の王都シャンプールに入ろうとしたところ。
大きな関所で衛兵に止められた。
「待てぃ!」
……厄介な手合いか?
関所は通行料以外に、賄賂がいる場合があったのだ。
しかし、それにしては様子が変だった。
「……あ、あ? 貴女様は!?」
私の隣にいたシャーロットを見るなり衛兵は慌て、そして恭しく跪いた。
「シャーロット王女殿下! ご無事だったのですか? このことはすぐにお城へ連絡いたします。ささ、こちらへどうぞ!」
「……うん、ご苦労!」
……ぇ?
王女殿下ですって?
私は思わず目を丸くする。
「お供の貴様もついて来い!」
「……は、はい」
私達は、関所の中にある貴賓室に通された。
すぐに王都から、近衛隊長を名乗る大柄なオルコックという男がやってきた。
「殿下! よくぞご無事で!」
「うん、ここにいるシンカーのお陰で無事だ。オルコックからも礼を言ってくれ」
「はっ! シンカー殿、此度のこと後であつく恩賞を与えようぞ!」
立派な髭を蓄えた大男がお礼を言ってきた。
「あ、ありがとうございます」
その後、侍女たちが沢山詰めかけ、殿下のお召し替えとなった。
汚い格好で城下に入らないようにとの計らいだそうな。
そして私には、恩賞として金貨50枚が下賜された。
私は一抹の寂しさを覚えたが、もう自分は用無しと考え、その場を去った。
王都シャンプールの空を見上げると、蒼く澄み渡り、渡り鳥が沢山舞っていたのだった。
◇◇◇◇◇
王都シャンプールには沢山の店が並ぶ。
三つの連合王国の首都ゆえ、その活気は並みではない。
私は行きつけの宿屋であるラガーに立ち寄った。
「親父! 部屋はあいているか?」
「へぇ」
私は今夜泊る部屋を確保した後。ロビー横の食堂の席についた。
メニューを開き注文をする。
ご褒美で金貨も貰ったことだし、今夜は大盤振る舞いだ。
馴染みの店ということで、ポコリナもご機嫌だ。
「おまちどうさま!」
「ポコ~♪」
メイドさんが持ってきたのは、若鳥の香草焼きに鮭のムニエル。
美味しそうな香りが鼻腔に広がる。
私はポコリナと争うように料理を食べた。
「御馳走様!」
私はお代を払った後、部屋でごろんと転がった。
自宅は無いでもないが、納屋同然のあばら家だ。
暫く、ここで三食昼寝付きの宿屋生活を楽しむつもりだったのだ。
そんな生活が二週間たった夜。
王宮から装備の整った衛士が二人やってきた。
「シンカー殿、明日、王宮に参内されたし!」
言葉少なめに用件を伝えると、彼らはそそくさと帰っていった。
「シンカーの旦那、なにか悪い事でもしたんですかい?」
宿屋の親父であるラガーが心配してくれる。
……うーむ。
お礼は貰ったしなぁ?
なんだろう?
私は翌朝、朝飯を食べて洋服屋へと向かう。
少しはマシな格好でいかないと失礼だと思ったからだった。
◇◇◇◇◇
「シンカーというものですけど?」
王宮の門前、門を守る衛士にそう告げただけで、中から人がやってきて、奥へと案内された。
流石は王宮。
見たことのない調度品や絵画などが、廊下にもたくさん飾られていた。
足元の床はフカフカの絨毯。
少し歩くのも憚られた。
「シンカー様をお連れしました」
「入れ!」
私はとある部屋に案内された。
目の前のテーブルにいるのは、えっと確かオルコックさんだっけ?
「シンカー君、座り給え」
「はい」
私は席を勧められ、木でできた上等な椅子に座った。
目の前のテーブルには、上等そうなお茶が運ばれてくる。
「王女殿下、いや女王陛下がな。君を護衛騎士に任じたいというのだよ」
「……、はっ?」
この世界。
傭兵風情が騎士に取立てられることは、極めてまれなことで、いわば平民にとってゴールに近い待遇であった。
「わしは反対したのだがな。陛下のたっての仰せだ。有難く拝命しろ!」
「はっ! 有難き幸せ!」
私は慌てて跪き、任命書である羊皮紙を拝領した。
こうして、私は晴れて騎士になった、……らしい。
私は宿に帰り、ラガーの親父に報告。
ちょっとした小さなお祝いパーティーを開いてもらった。
「シンカーの旦那、騎士となったからには家を買わねばなりませんな。あと従者も雇わねば!」
……そうだった。
確かに、あばら家暮らしの騎士とかありえないよな。
あと従者か?
私の知り合いにマトモそうな奴なんかいないぞ!
こうして、私の前途多難な騎士生活が始まったのだった……。