「こんにちは」
あの女の声だ。春樹の嫌いな。どうしてここにいる。じじいは店をやっていることをあいつらには話していなかったはずなのに。
「こんにちは。お嬢さんもこのカフェをご利用ですか」
「カフェねぇ。そんな所ですわ」
「今日はやっていない。はよう帰り」
「ここじゃないのかしら。どいてちょうだい」
ガタガタと入り口の扉を揺さぶられる音がする。春樹の恐怖心を煽る。鞄を持って2人を連れて合図がきたら入り口から出なければならないのに。しゃがみ込み、落ちたスマホを拾おうとしゃがんだまま、震えて動けない。声だけで、音だけで、こんな風になるなんて。情け無い。
「ばーか」
春樹の耳を温かで小さな手が塞いだ。顔を上げたら目の前にセフィがいた。
「アル。このすま、分からねぇけど。声を聞いててくれ」
「畏まりました。スピーカーを消させていただきます」
アルがスマホを拾い、春樹達から離れて会話を聞いている。セフィは春樹の耳から手を離した。
「大丈夫か」
「大丈夫に決まってるだろ。子どもが気を遣ってるんじゃねぇ。わたしはただ疲れていただけだ」
「そうだねぇ」
「疲れていただけ。怯えていない」
「はいはい。分かってるよ。さっさと立ちなよ。しゃがみこんでるの余計に疲れるでしょ」
「そうだな」
春樹が立ち上がるのと同じタイミングで、アルが出て良いそうですと静かに言った。