ミルクティーの甘い香りが、店を満たしていく。春樹は少しだけ緊張がとけた。2人には緊張しているなんて思われていない。じじいにはすぐに見抜かれていた。
「緊張すると余計に口が悪くなる。ばれとらんと思ったか。馬鹿者」
じじいの口癖は馬鹿者だった。馬鹿にした馬鹿者じゃなくて愛のある馬鹿者だった。義理の両親に言われた罵詈雑言。姉からの蔑み。それに比べたら全く嫌な気分にはならなかった。
「さっさと話せ。わたしはてめぇらに割く時間、1分1秒が惜しい」
どちらが話し始めるのか。話したがりの、名前なんだっけ。豹はセフィ、セフィ。名前が微妙に長い。春樹は元々名前を覚えるのが苦手だ。狼の方がアル、アルなんとか。駄目だカタカナだと思うと4文字すら思い出せない。
「オレらだって命令がなければ、あんたみたいな男の所には死んでも来ないから安心しなよ。アルバイダ。説明をよろしく」
「ここで俺に丸投げ。我儘通り越して悪魔か。貴方が説明したら何時間かかるか、分かりませんから」
ミルクティーを飲んだアルバイダが、少し驚いた表情をした。
「……おいしい。これ、少しシナモンが入ってる」
「分かるか。ミルクティーの味を消さない程度に淹れる。好き嫌いは分かれるけどな。わたしは気に入ってる」
「俺は淹れても気にならない。なるほど紅茶に合う」
「スパイスティーも良くわたしは飲む。じじいの受け売りだ。ココアには塩だ。甘い物を飲みたい時はマシュマロを淹れるな」
「マシュ、なんだそれは「ちょっと、ちょっと。なに脱線してるのさ。オレのこと馬鹿にしたくせおかしいんじゃない。オレから言うから。オレらはあんたを連れ戻しに来た」
連れ戻しに来た。言葉の意味は分かる。春樹には無縁の言葉だ。何処に疑問しか湧かなかった。彼らは悪魔のようなあの家族を知らないのだから。