「面倒くせぇ。どっちでもいいか」
春樹は誰にも、友達なんて呼べる人がいないので話してはいないが、ボディーソープを手作りしている。精油を使い、2〜3種類をブレンドして作る。必ず使う精油はローズである。両方ローズのボディーソープだがプレゼントした精油が違うので、微妙に違う匂いのするボディーソープ。青い入れ物に入った方は、空をイメージしたボディーソープで、勝手にスカイローズなんて名前をつけている。夕焼け色の入れ物に入った方は太陽をイメージして作ったサニーローズ。
「狼から。なんだ、あっちから洗えって言ってるのか。てめぇら、本当に人間みたいだな」
夕焼け色の入れ物に入ったボディーソープを手の平に垂らして、白い豹を優しく洗う。お腹を洗うのは流石に嫌がって暴れて、引っ掻かれた。
「元気がいいな。男の子か。女じゃねぇのが救いだな」
白い豹を洗い終えて、桶のお湯を変えてから、狼は青い入れ物のボディーソープで洗う。2匹とも洗い終えて、バスマットの上におろす。
「タオル。じじいの部屋にあるか。待ってろ」
2階の居住スペース。右端が春樹の部屋。左端はじじいの部屋。真ん中の2部屋のうち1つはバスルーム、じじいが物置として使っていた。じじいの部屋を開ける。懐かしいラベンダーの匂いがした。じじいはラベンダーの香りが好きだった。昔ながらの桐たんすの2段目を開ける。ごわごわのタオルが入れられている。拭ければとりあえずは良いだろう。2枚タオルを取り、急いで2匹の元に春樹は戻る。2匹を丁寧にタオルで拭いて、タオルは脱衣所の洗濯機に投げて、2匹を抱き上げ、右端の部屋。春樹の部屋のドアを開けた。
「まじか。わたしは最低だ。もっと早く会いに行ければ良かった。自分に腹が立つ。最悪の誕生日だ」
春樹の部屋。まったく埃が溜まっていない。窓もベットも綺麗で、毎日掃除をしていたのが分かる。机も。タンスを開けたら、アイロンも綺麗にされた服が入っていた。
「くそ、ありえねぇ。なんでだよ」
春樹はいつか自室の本棚を自身の本で埋め尽くす。夢だった。何も入っていない本棚だったのに、春樹の出した本。まだ20冊程度しかないが、綺麗に入れられていた。2匹をベットにおろして、最初に出した本を手に取る。カードが挟まっていた。
「馬鹿息子が書いた最初の本。わしにはまったく分かんジャンルだが読んでみた。恋愛の本は初めてだったが最後まで読んだ。よく分からんかったが、次はどんなものを書くのじゃろう。感想はねぇのかよ」
春樹は立っていられなかった。涙で前が見えなくなり、その場にしゃがみ込んだ。
「電話をすれば良かった。全部、わたしが意地を張ったせいだ」
カードの文字が、春樹の涙で滲む。消えないように慌てて本を閉じた。涙は止まらず、本に涙がぼたぼたと落ちる。ベットに置いた2匹がいつの間にか床に降りていて、右から白い豹、左から狼が、まるで慰めるように春樹の手を舐めた。微妙な生温かさが今は、少しだけ心に沁みた。