目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第7話

 往診に向かった明石さんの家は本当に普通の一軒家だった。チャイムを鳴らせば玄関の扉が直ぐに開いた。泣きそうな顔した40過ぎのおばさんが顔を出した。


「安堂診療所から来ました。安堂です」


「研修医の田中です。お電話ありがとうございました。診察させていただきます」


「早くて助かるわ。入ってちょうだい」


 リビングに2人は通され、ソファーに座る。数分後、彼女が2階から戻ってくる。腕の中にいたものに、安堂も桜庭も驚いた。


「あれは、小熊のぬいぐるみか」


「安堂先生。おっ、おれにも小熊のぬいぐるみに見えます」


 彼女が小熊を大事そうに抱え込んでいるようにしか、2人は見えていない。


「明石さん。それが小熊さんですか?」


「ええ。そうよ。衰弱してるの。どうにかならないかしら」


 ぬいぐるみしか見えない小熊の治療法は、安堂にも田中にもまったく分からなかった。


「漫画のような話の落ちはなんだ。安堂さん」


 飲んでいたコーヒーが空になったので、春樹は口を挟んだ。話が長過ぎて流石に飽きる。


「ごめんごめん。栄養剤を処方して、診療所に戻った。良くならないようなら電話をするように言って」


 彼女から2ヶ月後、奇妙な電話がかかってきた。それを取ったのも田中だ。


「安堂診療所。田中が承ります」


 少しだけ田中の応対も、ましになってきたころ。田中にしては珍しく早く電話を切った。


「田中」


「安堂先生。実は小熊がかなり良くなって、一緒に行くことにしたから、もう心配しないで。明石さんからの電話でした。田中に報告をされた」


「安堂さんはもちろん、様子を見に行ったわけだよな」


「明石さんの家に向かった。警察とマスコミがごった返していた。野次馬に話を聞いたら、忽然と姿を消したそうだ。家の中もまるで新築のモデルハウスのように綺麗になっていた。いまだに行方不明。おれは、その動物が宇宙人だと考えている」


 宇宙人。春樹も桜庭もまずいと思った。安堂はディープな宇宙人マニアだからだ。


「宇宙、宇宙人」


「そうだよ。春樹。春樹には狐と狼に見え、おれには、犬と猫に見える。実際はまったく違う種族でおれ達を欺い「ああ。先生。これで、もう行きます。とりあえず拠点をここに移すで合ってますよね」


「大丈夫だ。桜庭」


「準備しますから。誕生日プレゼント。ファンレターです。失礼します」


 ファンレターの入ったダンボールと、誕生日プレゼントだという青い箱を置いて、安堂の背中を押しながら、店を出て行く。宇宙人話を聞かずに済んだ事に春樹は安堵する。テーブルの上に置いたニット帽から2匹を取り出した。


「これが、宇宙人のわけ。あれ。狐じゃねぇな。真っ白い、斑点がある。豹。なんで、狐が豹に。黒い狼が、白銀の狼になってやがる。変身した。まじの宇宙人か。いるわけがねぇだろ。疲れてるなわたしは。少し寝よう」


 2匹をニット帽に戻し、カウンターテーブルに突っ伏して春樹は目を閉じた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?