「先生。禅も連れてきました。何か気になることがあって、確認したいみたいで」
「失礼する」
カウンター席でパソコンを取り出して、執筆をしていた春樹は顔を上げた。2匹は膝の上に乗せていた。目を覚ます様子はなく、寒そうに見えたからだ。雪山ではないけれど人の体温のほうが毛布や防寒具よりもずっと暖かいとかそうでないとか。専門家に聞いたわけではないから分からないが、そんな話を聞いたような覚えが春樹にはあった。抱きしめ暖めるのは、春樹が暇なのでニット帽に2匹とも入るぐらい小さいので中に入れて、膝にのせていた。
「見せてくれ」
「ああ、悪いな。安堂さん」
ニット帽ごと持ち上げて安堂に春樹は2匹を渡す。狐と狼なんて滅多に見ないから、診察も手こずるだろう。春樹は思っていた。2匹を見た桜庭は拍子抜けだと言う顔をした。
「先生。疲れていますか」
「わたしは至って健康そのものだ。見たら分かるだろ」
「狐と狼がいる。言っていませんでしたか」
「いるだろ」
「やっぱり疲れてますよ。挿絵に原作まで多忙過ぎて幻覚が見えているのでしょう。猫と犬しか居ませよ」
残念な者を見るような顔で、桜庭は春樹を見ているが、何度も確認した嘘はついていない。本当は見えていて馬鹿にしている。猫と犬にしか見えていない。桜庭の場合は後者。彼は嘘がつけない。桜庭には猫と犬に見えている。安堂はどうだろうか。安堂の方に春樹は顔を向ける。
「ふむ。おれにも猫と犬にしか見えない。
そのような事例をおれは3ヶ月前に体験した。気になることがあり、確認したいことがあると」
話を聞く前に、桜庭と安堂を店のソファー席に座らせて、コンビニデザートの定番プリンをおいて、春樹自らコーヒーを淹れた。コーヒーはじじい直伝のもので、じじいが満足するまでひたすら淹れさせられた。コーヒーだけではない。飲み物は全てである。
「飲んで、食べながら話を聞かせてくれ」
コーヒーの香り漂う店内で、安堂が3ヶ月前の出来事を話し始めた。