春樹は、担当編集が来るまで、キッチンにあった付近で軽くカウンターを拭いて、コンビニに行く事にした。ここまで来るのに3〜4時間はかかる。お昼になってしまうから何か作っておこうと思ったのだ。鞄からコートを出して羽織り、ポケットに財布とスマホを入れる。まだ1月下旬だ。コートにニット帽、マフラーをしていても不審には思われない。店を出ようと入り口のドアを開けて、春樹は固まる。さっきまでは居なかった。奇妙な動物がうずくまっていた。奇妙と思ってしまったのは別に、見たこともない動物だったからというわけではない。
「ありえねぇ。黒い子犬ぐらいの大きさの狼と子猫ぐらいの大きさの狐。野生いやいや、山でもないとこにいるわけがねぇ。幻覚。幻。疲れてるのか、わたしは」
目を擦って見るが、2匹は消えなかった。衰弱している。動物病院に、狼と狐を連れて行くのは流石にまずいか。仕方ない。2匹を抱き抱え、店内に戻り、担当に電話をかけた。
「桜庭」
「なんですか。貴方のせいで予定丸潰れになった、担当編集桜庭ですが」
「お前の彼氏連れて来い」
担当編集桜庭太一は25歳の同い年でβ。同じくβの28歳の安堂禅という名な彼氏がいて、今年海外で挙式を上げる。安藤は獣医をやっていて、わたしの小説の取材で知り合い、めでたくゴールインしたというわけだ。
「いきなりなんですか」
「手間賃やる」
お金が好きな桜庭は手間賃という言葉を出せば断らない。いつか紙幣のピラミッド3つ作るのが夢だそうだ。春樹には彼の夢はまったく理解出来ない。
「了解しました。聞いてみます。期待はせずに待っていてください。動物を拾ったのですか?」
「狼と狐だ」
「冗談ですか?」
「わたしが冗談を言うわけねぇだろ。切るぞ。
昼飯は用意しておく」
「到着予定時刻は15時なので、おやつが良いです。よろしくお願いします」
「ちっ、分かった。昼飯は適当に食べて来い。
作らねぇからな」
「はい。あっ、先生は食べてください。先生はいつも……」
説教が始まりそうだったので、春樹は即座に電話を切った。桜庭の嫌いなパクチーでクッキーを作ってやろうかと思ったがやめた。面倒なこと今はしたくない。寒そうに身を縮めている腕の中の2匹のために、桜庭は店内の暖房をつけた。コートを脱ぎ、喪服の上着で2匹を包み、カウンターテーブルに置く。直ぐに戻るからな。店を出てコンビニでスイーツと弁当、牛乳を買い、足早に店に戻った。スイーツと牛乳は冷蔵庫に入れ、カウンター席に座り、弁当を食べる前に2匹の様子を見る。
「息はしてるみてぇだな」
それだけ確認して、弁当を電子レンジで適当に温めて昼食にした。