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第2話

 春樹が電車に乗ったのは実に3年ぶりだった。いつもは担当編集の車で送迎してもらっている。電車に乗ると必ずチラチラ見られて、ヒソヒソ話される。全て聞こえているのに。


「ねぇ。あの人。すごい美人」


「本当。目つき悪くない」


「でも。もしかしてオメガじゃない。オメガなら、男も女もかなり美人らしいし」


 笑いながら話す彼女たちの声を聞きながら、常にカバンに入れてあるニット帽を目深に被り、マフラーをして顔を隠す。初めからしていれば話のネタにはならなかった。喪服にニット帽とマフラーは格好が悪い。今更気にする必要もないのだが、まだ後30分は電車に乗っていなければならない。ずっと話のネタにされるのは避けたかった。群馬のシャッター街となっている商店街。空いている店はあるが、薬局や和菓子屋、店はやっているようだが、開店しているところを見たことがないフルーツを使ったチョコレート屋と駅の近くにある居酒屋ぐらいしかやっていない。じじいの店は居酒屋の隣にあった。レトロカフェ。茶色の煉瓦造りで、店の壁には蔦が巻きつき、屋根の色は赤茶色。店の扉には喫茶神山。じじいの苗字そのままの店名。居酒屋は夜しか営業していないので、じじいは昼間カフェを開いて、夜はそこで飲んだくれていた。


「懐かしいな。担当編集に無断で来ちまったから、怒られるだろうが。仕方ねぇな。鍵。貰っちまったし」


鍵を開けて、入ってすぐにある電気のスイッチを押す。カウンター席と赤いソファー席が2つ。1人用の席が2つ見えた。カウンター席に手紙が無造作に置かれ、白い封筒に春樹とそれだけ書かれていた。とりあえず、手紙を春樹は豪快破り開けて中を取り出した。1枚の手紙と通帳が入っていた。

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