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第27話 Peaceful Surrender 後編

「どいつもこいつも使えない!」


 アレックスからもらった極上のワインをラッパ飲みすると、エルネストは盛大にげっぷをしてアルコール交じりの息を吐いた。


 彼は今、自室で一人酒に逃げていた。


「アウルスめ! マクベスの第四王子の分際でこの私の邪魔ばかりしおって!」


 国王であるアレックス直々に艦隊の指揮権を預けられ、彼はロルバンディア軍相手に復讐戦を行おうとしていたのであるが、三個艦隊がもはや二個艦隊となってしまった。


「殿下!」


 副官の煩わしい声に、頭を抱えながらエルネストは対応する。


「なんだ?」


「殿下、ミスリル軍のコルネリウス大将がお会いしたいと」


「私は体調が悪い。断れ」


 コルネリウスの顔を思い出すと、エルネストはさらに気分が悪くなった。舌鋒も眼光も鋭い偉丈夫である癖に、頭も回る。何より、大公世子である自分にすらずけずけと物を言う尊大な態度が気に入らない。


「その通りなのですが、それが……」


「もういい、どけ!」


 副官の通信が一方的に途切れるのと同時に、扉が吹き飛ばされ、そこにはエルネストが嫌悪する偉丈夫コルネリウスがやってきた。


「この非常に酒をかっくらっていられるとは、ずいぶんとご機嫌ですなあ」


「貴様誰に向かって……」


 不敬を咎めようとした瞬間、エルネストの顔面にコルネリウスのケリが命中していた。鼻と歯が折れ、肉が潰れ、すさまじい痛みと共にエルネストは文字通り蹴飛ばされてしまう。


「誰に向かって? そりゃこっちのセリフだコノヤロウ!」


 激痛と鼻血が流れたこと、そして何よりも自分よりも地位が低い者に足蹴にされたことへのショックでエルネストは理解ができずにいた。


 だが、それは彼に一切の慈悲を与えることなく、コルネリウスは襟をつかんで片手で持ちあげる。


「貴様のせいで、このミスリル王国は起きなくてもいい内乱が起きて、しなくてもいい戦争まで始まってしまった。自分の愚かさで祖国を失わせ、家族を殺させ、民や兵士たちも損なった自覚はあるのか?」


 コルネリウスに襟元をつかまれ、満足な呼吸もできず、エルネストはもがきながらコルネリウスに睨まれていた。


「何とか言え!」


 無言のままのエルネストの顔面にコルネリウスは拳を叩きこむ。軍格闘技のチャンピオンでもあるコルネリウスの鉄拳が、すさまじい勢いで突き刺さり、エルネストの歯と顔の骨が折れるとともに、彼の戦意も折れ始めていった。


 容赦なく拳を叩きつけるコルネリウスの鬼気迫る態度に、エルネストは次第に尿と便を同時に漏らし、命乞いもできずに自分の顔面が破壊されていくのを耐えるしかなかった。


 周囲もコルネリウスの勢いに押されているのか、誰も動けずにいたが、一人の女性だけが「そこまでにいたせんか?」と口にする。


「ふん、カス野郎が。お前にまともな明日が来ると思うなよ。今ここで、俺に殺された方がマシだったかもしれんからな」


 痛みで失神できず、顔面を蹴られ、殴られ続け、国王であるアレックス並みに尊大だった大公世子エルネストは完全に心が折れていた。


「閣下、やり過ぎですよ」


 女性用の執務用スーツを着た公爵令嬢にして、次期大公妃、アイリス・エル・エフタルに指摘されると、コルネリウスは深くため息をついた。


「このカス野郎のおかげで、死ななくてもいい者たちが死ぬ羽目になったと思うと、つい力が入ってしまった」


「閣下のお気持ちは分かります」


 アイリスは決して慈悲で止めたわけではない。帝国の朝敵となり、大罪人であるエルネストを殴り殺してしまうことが問題であると判断したからだ。


「それに、この方にはまだ役割があります。特に、エリオス大将はこのお方に壮大な借りがあるようですから」


「だな、これから配下になるのだから、同じ戦友として恩を売っておくか」


 コルネリウスはアイリスから、普段は冷静沈着なエリオスがエルネストの名前を聞くだけで露骨に不快な態度を出すことを聞いていた。


 さらに稚拙な指揮で戦友や部下たちを戦死させ、絶望的な状況で防衛戦をする羽目になり、という名前をロルバンディアにおいて大罪人に名づけるようにするべきというほどまでの深い憎悪を抱いていることも。


「それに、ロルバンディアの民もこのクズには恨みしかないはずだ。このドクズは、しっかりと罪を背負ってもらわねば」


 ロルバンディア人でエルネストに怨嗟の感情を持たぬものはいない。ロルバンディアの民の為にも、エルネストには相応の落とし前をつけてもらわねばならない。


「他に異論はある奴はいないか?」


 コルネリウスはブラスターを抜き、アイリスとセリアを警護する陸戦隊員たちもブラスターライフルを構える。エルネストの取り巻き達やエルネスト艦隊の兵士たちはブラスターを床に放り投げ、両腕を頭の後ろに組んでいた。


「なかなか賢い判断をしたと思うぞ。まあ、後はアウルス大公たちがどうするか、神に祈るのだな」


 こうして、ミスリル王国は戦わずして宇宙艦隊の半数を失い、大罪人であるエルネストは召し取られた。


 早速アイリスは、ヴァレリランドに駐留するロルバンディア軍に向けて、成功を報告したのであった。


*************


 コルネリウス率いる艦隊が降伏してからわずか一日、アウルス率いるロルバンディア軍10個艦隊が合流した。こうして、二十個艦隊という大艦隊がモリア星域に集結したのであった。


 早速、アイリス達は総旗艦インドラへと向かうと、そこにはアウルスが諸将たちと共に彼女を出迎えていた。


「殿下!」


 はしたないのは分かっているが、それでも自分を信じて待ってくれたことが嬉しく、彼女はアウルスに抱き着いてしまった。


「ご心配をおかけしました」


「全くだ、次は無い。私は生まれて初めて、ここまで不安に悩まされたことがなかった」


 強く彼女を抱きしめ、アウルスはそうつぶやくと、気丈にふるまっていたアイリスはつい涙を流してしまう。


「だが、君のように自ら行動し、結果を出す女性を大公妃とできると思うと、私は銀河で一番幸せな男だろうな」


 優しく耳元で呟くと、アイリスはさらに強くアウルスに抱き着いてしまった。


「殿下、そういうのは自室でやった方がいいのでは?」


 ケルトーがいつものように冗談を飛ばすが、マルケルスもエリオスもシュリーゼも、誰一人彼を咎めることはなかった。


 流石に人前でやることではないことを悟ると、アイリスはそっとアウルスの元から離れ、セリアの元で目元を拭ってもらっていた。


「さて、はしたないところを見せてしまったな」


 アウルスも軽く身構えると、金髪の偉丈夫であるコルネリウス・ウル・ハーマン大将と向き合う。不平不満が服を着て、愛国心の靴を履いているというコルネリウスだが、アウルスは平然としていた。


 それは彼と同じくらいの偉丈夫であるウイルス・ケルトーと、マルケルスら諸将がいるからではなかった。


「とんでもない、むしろ、敗残の身を殿下にお預けいたします」


 素直にコルネリウスは跪き、アウルスへの忠誠を見せた。諸将は意外な光景にどよめいていたが、アウルスは平然としていた。


「神妙な態度を見せる必要性はないぞ」


「え?」


「私は貴官らを屈服させたつもりなどはないし、支配しているつもりはもっとない。貴官らは状況を認識し、我々の味方になってくれたに過ぎない。つまり、現時点で貴官らと我々は対等の関係にある」


 アウルスの発言に、コルネリウスは一瞬で真顔になった。


「その気になれば、貴官らは貴官らの目的を果たせば敵対しても構わん。エフタル公の元で、再起を図るのも構わんぞ」


「はは、壮大な冗談ですな」


 コルネリウスがそう言うが、アウルスの表情は全く変わっていなかった。その目は微動だにせず、この金髪の大公は冗談ではなく、本気で口にしていることを同じ金髪の偉丈夫コルネリウスはつい畏まる。


「私は他人に忠誠を強要するのが嫌いだ。忠誠というものは、慕うからこそ生まれる。命令されて芽生えるものではない。不服であればいつでも反旗を翻せばよく、いつでも逆らえばいい」


 普通の人間がいれば、戯言と思える言葉であるが、金髪の覇王が口にするとそれは決して戯言でもなければ冗談ではなくなる。


「私が臣下に求めるのは、こびへつらう佞臣などではない。私の過ちすら指摘して国家のために貢献する者のみ。私は、そうした緊張感が決して嫌いではない。そして、私は貴官らが望む主君足りえる存在となりえるように努力する。その上で、私を新しい主君として仕えてはくれるだろうか?」


 立場を対等であることを指摘しつつ、自分たちにふさわしい主君であるように努力することまで公言したことに、コルネリウスは再び敗北を感じていた。


 アイリスにしてやられたという時以上に、コルネリウスは今、間違いなく名君と対峙していることに高揚していた。


「はははははははは! 参りました。殿下には勝てませぬ。アイリス様に勝てなかった私が、殿下に勝てるわけがない」


 心の底から感服したと同時に、コルネリウスは腹の底から笑っていた。


「おっと、みっともない姿をお見せいたしました。不肖の身でありますが、殿下のような名君に仕えることを私も心より嬉しく思います。ミスリル人を代表する形になりますが、新たな臣下として大公殿下に尽くす所存でございます」


 改めてコルネリウスはアウルスへと敬礼を取ると、彼に追従するようにミスリル軍の提督たちも改めて敬礼をした。


「私も、諸君らの新たな主君足りえるようにしよう」


 アウルスは右手を差し出すと、コルネリウスは神妙にその手を取り、握手を交わした。


 コルネリウスを筆頭に、後に降伏したミスリル軍の将兵たちはこう述べている。


「アレックス王は最後の最後までろくでもない事をしたが、唯一の善行はマクベス・ディル・アウルスという名君と我々をめぐり合わせてくれた。その事だけは感謝している」


 こうして、婚約戦争は終焉に近づきつつあった。

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