ヴァレリランドが陥落してから二週間が経過した中で、ロルバンディア軍は依然として動きを見せずにいた。
「奴らはいまだに動きを見せないでいるのか」
焦りを感じるエルネストは虚空を眺めながら、動きを見せないロルバンディア軍に苛立っていた。
そもそも、アウルス率いるロルバンディア軍は速攻を好む傾向にある。それが、無意味に時間を過ごしていることがおかしいのと同時に、何故奴らは攻めてこないのかがエルネストはしびれを切らしていた。
「閣下、ロル……賊軍からの通信を傍受いたしました」
「内容は?」
「は、賊軍は再編を終えてヴァレリランドから一路、トールキンへと向かうとのことです!」
副官からの報告に、エルネストは思わずほくそ笑む。自分を凋落させたアウルスに復讐戦を挑めるのだから。
「奴ら、とうとうやってくるわけか」
ヴァレリランドに留まっていたのは、ルーエルラインを突破する際に、何等かの犠牲を払い、部隊の再編を行っていたからだろう
あの堅牢堅固な天然の防壁を突破するのは簡単なことではない。
「来るなら早くしろ。こちらは万全な体制で戦うまでのこと」
四年前は惜敗したが、今回は自分が勝者となるという意気込みを見せつけるかのように、エルネストは自信を持って艦橋から見える星々を眺めていた。
「閣下、賊軍より通信です!」
「通信だと?」
不安げな副官からの報告にエルネストは眉を顰める。
「まあいい、繋げ」
「それが、その……」
「なんだ? 何か問題でもあるのか?」
「すでにつながっております……」
副官の言葉の意味が分からず、エルネストは首を傾げた。
「どういうことだ? 奴らが通信を繋げてきたとでもいうのか?」
「いえ、ロルバンディ……賊軍は広範囲にわたり、強制的に通信を行っております」
「なんだと? 奴ら、何を考えている」
「回線がつながりました。今、ディスプレイに表示いたします」
通信兵が手慣れた仕草で大画面に映像を映すが、そこにはかつてのエルネストの部下の姿が映し出されていた。
「ロルバンディアの同胞諸君、私はエリオス・ヒエロニムス大将である」
エリオスはロルバンディア軍の軍服、それも儀式や公式行事用に使われる正装を来ており、いくつかの肩章と勲章が分かりやすく付けられていた。
「私は今、マクベス・ディル・アウルス大公殿下にお仕えし、新生ロルバンディア軍の一員となった」
四年前のエルネストは陰鬱としながら、常に眉間に
エルネストにとってエリオスは反抗的で目障りな男であったが、今画面に映るエリオスは四年前とは違い、冷静沈着さを保ちつつも生き生きとした表情をしている。
「四年前、我々はマクベス軍と戦いそして敗れた。全ては愚かな大公世子であるエルネストのために」
冷静沈着なはずのエリオスは、一瞬だけ
「愚かな大公世子のために我々は国を失いかけた。だが、幸いなことに現大公であらされるアウルス大公殿下は寛大にも我らを許し、今やロルバンディアは平穏と繁栄を享受できるまでになった。まるで四年前の戦いが嘘であったのかのように」
四年の間にロルバンディアが復興し、繁栄しているのはエルネストも耳にしている。連合の文化に染まり、首都メルキアにも高層建築物が並び立ち、風情が無くなったことにため息をついていたほどだ。
だが、将兵たちはそんなメルキアの姿を羨望していることも、エルネストは知っていた。
「もはやロルバンディアは旧大公家の国家ではない。アウルス大公殿下の統治の中で、誰もが安全と平和な社会の中で生活できる。私のように、最後の最後まで抵抗した者すら大公殿下は罪に問うことなく、国家への献身と忠誠を評価してくれた。旧大公家ではこんなことはありえなかっただろう」
落ち着いた口調ではあるが、エリオスの言葉の節々にはエルネストを含めた旧大公家への批判と現在大公に収まっているアウルスを褒めたたえているのが分かる。
一体、何が目的であるのかエルネストには理解ができなかった。
「ただ、今のロルバンディアこそが本来のロルバンディアなのだ。真っ当に働く者、任務を果たす者、国家のために尽くす者、それが当たり前のように評価される。旧大公家が支配していた時代のように、私利私欲で旧大公家とその取り巻きだけが得をするという理不尽な国家こそがまやかしであった」
「何を言うか、この男!」
思わずディスプレイを殴りつけたくなったが、エルネストは副官に止められる。
「そして、まやかしであったからこそ旧大公家は滅んだのだ。私利私欲がはびこるような国家が滅ぶのは歴史の必然であり、存続することこそが不自然である。我々はそんな理不尽な国の中で、奉仕だけを強要されていた。だからこそ今、エルネストに仕える同胞諸君に伝えたい」
「今すぐ放送を止めろ!」
エルネストを抑える副官がそう言うが、通信兵は困惑していた。
「無理です! 強制的に動画が配信されており制御ができません!」
「奴ら、遠隔で無理矢理通信をジャックしたというのか」
副官の脳裏にロルバンディア軍の通信傍受が浮かび上がる。おそらくあの通信はわざと傍受させ、そこに遠隔で動画を配信できるようにウイルスを仕込んでいたのだろう。
あくまで動画を一方的に配信し、切ることができないようにするために。
「今すぐに愚かな主君であるエルネストの元から去り降伏せよ。大公殿下は私に諸君らを罪には問わぬと約束してくれた。諸君らのかつての戦友は皆厚遇され、家族に対しても連座することはない。最後まで戦った私ですら大公殿下は許し、大将の地位を与えてくれた。諸君らの身の安全と保障は、このエリオス・ヒエロニムスが責任を持って行う」
「あの不忠者め!」
怒鳴りつけたい感情に支配されたエルネストはディスプレイを破壊しようとするが、副官たちが必死になって抑えていた。
ディスプレイを破壊されればまともな指揮すらできなくなってしまう。そして、エリオス・ヒエロニムスの目的はこれでハッキリとした。
ロルバンデア軍は戦わずにして、この脱走艦隊を追い込むつもりなのだ。
「全ての責任は朝敵エルネストにこそある。この銀河で愚かにも国を滅ぼし、家族を見捨て、全ての責任から逃れた愚かなバカ息子、エルネストだけに罪を背負ってもらう。諸君らの罪は一切問わない。諸君らはあくまで主君と上官に対して忠節を尽くしただけ。それは軍人として当然責務である。だが、何事にも限度は存在する」
丁寧に降伏を呼び掛けながらも、エリオスは最後に冷静な表情を見せた。
「我々は現在モリア星域へと向かっている。このままいけば、おそらく諸君らと戦うことになるだろう。だが、その時になって降伏しても我々は認めない」
兵士たちのことを気遣いながらも、エリオスは冷徹なままにそう言った。
「忠節と責務を果たした者に対し、大公殿下は寛大な処置を取る。だが、命惜しさに主君と上官を裏切るような者は流石の殿下も許すことはない。つまり、機会は今しかないということだ。諸君らには懸命な判断を選択することを期待する。私も諸君らと戦いたくはない。だが、私もロルバンディア軍の一員として任務を果たさねばならない。降伏を選択した者たちには私からもとりなしを行う。どうか、懸命な判断をお願いしたい」
そこまで言うと通信は切れた。一方的なロルバンディア軍からの通信が切れた時、それはこの艦隊にいる兵士たちの戦意と忠誠心すら断ち切っていた。
ロルバンディア軍が攻め入るまでの間に降伏すれば確実に助かる。そして、ロルバンディア軍相手に戦った場合、自分たちには降伏すら許されないということ。
仮にエルネストの首を手土産にしたところで、戦いが始まった時にはもう遅いのだ。
ロルバンディア軍は刻一刻と迫りくる中で、エルネストの艦隊は、大きな恐慌の渦となり果てていた。