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第26話 覇王たるもの

「何を考えておられるのですか!」


 一部の将官だけが集められた会議室にて、ロルバンディア軍第一遊撃艦隊司令官、ウイリス・ケルトー大将が叫んだ。


「いくらミスリル軍を懐柔させるとはいえ、侍女と二人だけで向かわせるなど正気の沙汰ではありませんよ!」


 普段はバカ話をしたり、ふざけた言動が多いケルトーではあるが、普段は彼を抑える側の宇宙艦隊司令長官であるマルケルス大将も、冷静沈着な新任大将であるエリオス・ヒエロニムスも、温厚温和なシュリーゼ・ウル・グスタフ中将ですら、彼に反論することができずにいた。


「落ち着けケルトー」


「これが落ち着けるわけがないでしょう! あの方は未来の大公妃なのですよ! 私は殿下にはアイリス様のような聡明で美しい女性こそがふさわしいと思っていました。それを、こんな危険な任務を行わせるなど……」


「落ち着けと言っている!」


 机を強く叩き、アウルスはケルトーを睨みつける。麗しく同時に冷たい風貌ながらも泰然自若し、労いや感謝の言葉を聞くことが多いエリオスとシュリーゼは意外な目で、主君の激昂するすがたを見た。


「私とて進んでこんな危険なことをさせたわけではない」


「それでもお止めするべきでした! 私が知っていれば絶対に止めたものを……」


 アウルス相手に普段は軽口を叩きながらも、誰もが認める忠義心を持つケルトーは無念さをむき出しにしていた。


「ケルトー落ち着け、殿下とてむざむざとアイリス様をコルネリウスの元に行かせたわけではないだろう」


「虎穴に入らずんば虎子を得ず、リスクを冒さなければ大きな報酬は得られない。戦えば勝つのは我々でしょうが、楽に勝たせてはくれないでしょうからな」


 マルケルスとシュリーゼがアウルスを庇うと、ケルトーも不満気ながらも椅子に腰かけた。


「しかし、あのコルネリウス提督を相手に降伏させることなど可能なのですか?」


 エリオスが冷静なままにそう言ったが、それはアウルス以外の全員が共通認識としていることだ。


 コルネリウス・ウル・ハーマン大将は、不平不満という服を着ているが、同時に愛国心でできた靴を履いて歩いている。


 そして部下思いなことから、理不尽な玉砕命令を出した上官相手にブラスターを撃つなど、破天荒なエピソードは数知れない。


「ケルトー大将が言ったように、とても降伏するような提督には思えません。現在の王家と政権に不満は持っているでしょうが、反乱を起こすような男であればこの状況でこの局面を任されないでしょう」


「エリオスの言う通りですよ。大体、あの面、あの態度、ふてぶてしいにもほどがありますよ。あんなモンスターみたいな奴をアイリス様と対峙させるのは虐待ですよ!」


「お前だって十分すぎるぐらいふてぶてしいだろう」


 マルケルスが冷ややかな目でそう言うと、普段の言動を一応覚えているだけに、ケルトーは口ごもる。


「それに殿下も言ったが、面も、態度も、どっかの第一遊撃艦隊司令官殿そっくりじゃないか。お前、殿下とアイリス様の召使い役でディマプールまで行った癖に」


「いや、それは殿下とアイリス様の護衛のために……」


「お前が一番あの時、ディマプールを満喫していたけどな。よかったじゃないか、夫婦でバカンスに行けて」


 極秘裏にブリックス王、クラックスとの会談を行うためにディマプールに向かったアウルス達であったが、ケルトーはさりげなく自分の妻であるエリーゼと共にバカンスを満喫していた。


 その時アイリスは心労で倒れてしまい、クラックスの妃であるレティシアに説教されてしまったという苦い思い出があった。


「それにコルネリウスだが、アイリスは小さい頃から面識がある。コルネリウスはエフタル公やザーブル元帥の悪口を言う者を殴り飛ばすほどに敬愛しているからな」


「ますますどこぞの大将閣下に似ておりますね」


 マルケルスが茶化すと、ケルトーは分かりやすく拗ねていた。


「私とて、彼女にこんな危険なことはさせたくなかった。本来は戦場にも連れてきたくはなかったからな」


 彼女を炊きつけるかのように、自分がお守りするとアイリスの参加を懇願したケルトーに、アウルスは冷ややかな目を向けていた。


「だが、アイリスは自分が起こした戦争であれば、それを終わらせる責任もあると私に言った。別に彼女のせいではないのにな」


 アレックスによる不貞によりこの戦争は始まり、アレックスが朝敵であるエルネストを匿ったことで、アウルスはこれを大義名分としてミスリル王国に攻め入った。


 全ての原因は誰がどう見てもアレックス王に帰するのであるが、その情報を全て提要し、開戦を促したのはアイリスであった。


「全くです。あのドクズエルネストが全ての現況だというのに」


 憤慨しながらエリオスはそう言った。エルネストのおかげで、ロルバンディアも無謀な戦いを強いられ、危うく国が無くなるところであったのだから。


「ですが、殿下という名君を招き入れたという意味であれば、奴にも多少の価値はあったと思うべきでしょうな」


「エルネストを捕まえたら、エリオス、貴官に奴をやろう。煮るなり焼くなり好きにしろ」


 エルネストの事などどうでもいいが、自分に付き従う臣下に対する恩賞としてアウルスはそう言った。


 しかし、エリオスは首を振る。


「いえ、それは殿下が処断してかまいません。改めて、エルネストに付き従う羽目になった将兵たちの助命を、何卒お願い致します」


 エルネストに付き従う以外に選択肢が無く、気づけば再び戦争に巻き込まれてしまった将兵たちにエリオスは同情していた。


「彼らに罪はなく、主君と上官の命令には従わざるを得ません。どうか、彼らに罪を問うことなく、彼らの家族も連座させるような状況にならないようにお願い致します」


 深々と主君アウルスに頭を下げるエリオスの姿に、マルケルスやシュリーゼ、そして先ほどまでに暴れていたケルトーも胸に熱いものがこみ上がっていた。


「エリオス、貴官は私を暗君にしたいのか?」


 深々と下げた頭をゆっくりと上げ、いつもの冷静な表情のままであったが、エリオスはアウルスの表情を伺った。


「愚かな主君は害悪でしかない。エルネストに付き従わざるを得なかった者たちを、何故私が罰しなくてはならないのか。罰するつもりであれば、わざわざ貴官に彼らの降伏を促すような策は取らん」


「そうでありましたな」


「戦わずして勝てるのであれば、それに越したことはない。何度も言うが、我々は戦争を行っているのであって、殺戮を行うために来たわけではない」


 帝国と枢軸国の公敵にして朝敵のエルネストを引き渡さなかったからこそ、アウルスはロルバンディア軍を率いてミスリル王国へと侵攻した。


 ミスリル王国の臣民を皆殺しにするためにわざわざ攻め入ったのではなく、引き渡しを拒否したからこそ、ロルバンディア軍は攻め入ったのだ。


 戦争である以上、殺傷は避けられない。だがそれが目的ではなく、戦争とは政治の手段の一つに過ぎないからである。


「それに、そんな無道をしてこのミスリル王国が統治できるわけがない。私は名君になりたいとは思っても、聖人になろうとは欠片も思っていないからな」


「この場合の聖人とは愚者の隠語ですな」


 ケルトーらしい茶化しが入ると、アウルスも苦笑する。力なき聖人が一万人にいたところで、何の意味もない。いるだけ無駄であり、何も変えることもできずに嘆くだけだ。


「それに、私の妃になろうとしている女性が、自らこの戦争を終わらせようとしている。彼女には何の咎もないのにな」


 男ですら裸足で逃げ出しても恥ではない、ミスリル王国軍きっての猛将を寝返らせるというアイリスに、百戦錬磨の名将たちも彼女のことを認めざるを得ない。


「成功すれば、アイリス様は堂々と殿下の大公妃となられますな」


「文句を言うものなどいまい。コルネリウス大将ほどの猛将を味方にすれば、我らは無敵だ」


「殿下、真に素晴らしいお方を選ばれましたな」


 シュリーゼやエリオスは喜び、アウルスに婚約するべきか相談を受けたマルケルスはアイリスを大公妃とできる主君を羨んだ。


「殿下、一言だけよろしいですか?」


「何だ?」


 ケルトーが挙手する姿にアウルスは意図を尋ねた。


「もし、アイリス様が害された場合は……」


「その時はケルトー、奴らを皆殺しにしろ」


 アイリスの敵討ちをしたいと言いだそうとしたケルト-だったが、アウルスの冷徹を超えた冷血で非情な発言に、ケルトーは蹴落とされそうになった。


 アウルスはまごうことなき名君であり、徳を兼ねそろえた仁君でもあるが、同時に誰よりも強い激情と苛烈さを兼ねそろえていた。


 それは王道を貫き、王の中の王と呼ばれている大国ブリックス王国の国王、ブリックス・ディル・クラックス。


 王座に付かぬ大公、または大公に甘んじる国王と呼ばれ、一代でブリックスと比肩するほどの大国を作り上げたアヴァール大公国の大公、アヴァール・トゥエル・エミリオとも違う。


 マクベス王国の第四王子として生まれ、ロルバンディアを征服し、そしてミスリル王国をも手中に収めようとするアウルスを形容するのはたった一つの言葉しか存在しない。


 彼こそまさにであったのだから。

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