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第24話 内応 後編

「まずは、このような形でお会いすることとなり、申し訳ございません」


身分を偽り、コルネリウスを騙して会いに来たことをアイリスは詫びた。


「今更どうでもいい。既に、内乱と侵攻でとんでもない事態になっているからな。」


 コルネリウスはやや不機嫌そうにそう言った。侍女であるセリアはその態度を咎めようとしたが、コルネリウスの威圧に気圧された。


「それでお嬢さん、どうしてここにやってきた?」


 コルネリウスの訝しむ目に、アイリスは蹴落とされそうになる。ミスリル王国一の猛将であるコルネリウスは、エフタル公やザーブル元帥に対しても言うべきことを言う人物だった。


 そんなコルネリウスは小国の大公や王以上の風格を持ち合わせていたが、アイリスは一息入れて彼に向き合う。


「この戦争を終わらせに来ました」


 コルネリウスの目を真っすぐと見据えながら、アイリスは堂々と口にした。


「なるほど、それで俺を寝返らせに来たというわけか?」


 不機嫌さを隠さないコルネリウスではあるが、アイリスは第一段階はクリアできたことを悟った。


 コルネリウスはその気になれば、ブラスターを平気で撃ってくるからだ。無謀な突撃命令を出した諸侯に対して暴発したと称し、部下のために激怒したエピソードを持っていた。


「確かに俺が寝返ればこの戦争は終わるだろう。今ここには宇宙艦隊の半数が揃っている。それが一斉に寝返れば、戦わずしてケリがつく。トールキンを攻めるもよし、ザーブル元帥率いる艦隊もそのまま味方となり、エフタル公と共に合流してもよしだ」


「その通りです」


 コルネリウスは剛毅で言動は荒いが、それは細かい部分と本質を見抜けるからだ。常人では気づかないこともコルネリウスは視野が広く判断力が高いためにすぐに状況を理解することができる。


 猛将として活躍したのも、実は相手の弱点であったり、攻撃が弱まったタイミングを突くなど巧妙な戦いを行っていた。


「それで、俺を寝返らせるんだ。それなりの土産を用意して然るべきだよな」


 露骨な態度ではあるが、下心を求める言動にセリアは眉を顰めそうになるが、アイリスは微笑んだまま微動だにしなかった。


 アウルスを筆頭に、ケッセル、ジュベール、ジョルダンら文官たちや、ラートル、マルケルス、ケルトーらロルバンディア軍と接してきた経験からか、アイリスはコルネリウスと対峙しても不思議と落ち着いていられた。


「無論です。閣下が気に入るかはまた別ですが」


聞いた側であるはずのコルネリウスが、やや意表を突かれたような態度を見せた。


「俺が気に入ればか。あのお嬢さんが言うようになったな。それで、内容だけでも聞かせてくれないか?」


 コルネリウスは不平不満が服を着て、愛国心の靴を履いて歩いている。うかつな返答をすれば暴発どころか確信犯的に撃ち殺されて終わりだろう。


 ここで自分たちを処刑しても、罪には問われない。それに反乱を起こすつもりであれば軍に残らずエフタル軍に合流しているはずだ。


 下手な言い訳をしてもそれは死を選ぶだけに過ぎない。そのことを理解しているアイリスは落ち着いて彼にアウルスと共に考えた、自分の考えを伝えたのであった。


*******

「ということで、本日付けをもって貴官を大将とする」


総旗艦インドラの会議室にて、全員が拍手する中、ロルバンディア軍第二艦隊司令官エリオス・ヒエロニムスは、大公マクベス・ディル・アウルスから直々に階級章を授かった。


「拝命致します」 


いつも通り冷静ではあるが、丁寧にエリオスはアウルスに向けて敬礼をした。


「それでは早速、作戦会議といこう。まず、現在モリア星域にはこれだけの艦隊が集結している」


 強攻偵察隊がもたらした情報を元に、投影された情報にはモリア星域に約11個艦隊、一万二千隻の艦隊が集結していた。


「こちらは一万五千隻ではあるが、数的優位性はほぼない」


 宇宙艦隊司令長官であるマルケルスが慎重論を唱えた。航行不可能領域を突破し、ヴァレリランドを落としたにもかかわらず、マルケルスは慎重さを崩さなかった。


「同感だな。ヴァレリランドが陥落したのは、守っていた指揮官が底なしの無能でヘタレだったからだ。あれがそこそこ有能な奴だったら、もう少し厄介な状況になっていた可能性もあります」


 第一遊撃艦隊司令官を務め、事実上の一番槍を決めたウイリス・ケルトー大将も深く同意する。

「ですが、つけ入る隙はありそうですな」


 第一艦隊司令官であるシュリーゼ・ウル・グスタフ中将がそう言うと、アウルスは不適な笑みを浮かべた。


「問題は奴らの構成だ。数でみれば11個艦隊、だが実態はエルネストの取り巻き3個艦隊とミスリル王国軍宇宙艦隊が8個艦隊。しかも全体の指揮はエルネストだ。ミスリル軍から見れば面白くもねえだろうなあ」


 嫌味を込めてケルトーは茶を口にしてそう言うが、全員が深々と頷いていた。この作戦会議は将官以上の者だけが参加しているが、それでも半分がロルバンディア人であるだけに、エルネストに恨みを持っている者ばかりであった。


「私がミスリル軍にいたら、エルネストを討ち取ってそのままロルバンディア軍に降伏します」


 たった今大将に昇格したエリオスも、エルネストの事になると感情をむき出しにした。エルネストの下手な戦い方のせいで無謀な首都攻防戦をさせられ、多くの戦友や部下を失っただけに、その恨みは誰よりも深く、そして激しかった。


「冷静沈着で愛国心溢れる貴官らですらそう思うだろう。当然ケルトーが言うように、面白くないと思っている奴もいるだろうな」


 アウルスの言葉に、参謀がてきぱきと操作を行うと二人の指揮官の顔が投影されていた。一人は亡国の世子であるエルネスト。


 そしてもう一人はミスリル軍の実質的なナンバー3であるコルネリウス・ウル・ハーマン大将であった。


「現在ザーブル元帥はエフタル公の討伐に向かっている。そこでエルネストが指揮を取っているが、実質的な司令官はコルネリウス大将だ」


 コルネリウスの名を知らない者はこの会議には一人としていない。エルネストが投影された時はぼーっとしていたケルトーや、明らかに憎しみを向けていたエリオスも、コルネリウスの威風堂々とした猛々しい顔に向けて真顔となり、襟を正すほどであった。


「コルネリウス大将からすれば、面白くもありますまい。自分が宇宙艦隊司令長官として指揮を取ってもおかしくない。まあ、そうなれば、我々も苦戦させられると思いますが」


 マルケルスが言うように、コルネリウスは伊達にミスリル軍のナンバー3と呼ばれているわけではない。人望実績共に名高く、数え切れぬ武功、そしてザーブル元帥が自分の後任として宇宙艦隊司令長官にコルネリウスを推薦しているほどの実力者であるからだ。


「それに、エルネストが発端で戦争が発生し、エフタル公も反乱を起こしてザーブル元帥は解任からの、討伐艦隊の指揮です。ミスリル王国では軍人への当りがキツイとは言いますが、ボロボロの雑巾の方がよほど扱いがいいでしょうな」


 温厚なシュリーゼですら、半分呆れながらも同情していた。逆の立場であることなど想像したくもないからだ。


 それだけ、現在のロルバンディア軍は厚遇されている上に、理解ある上官や主君たちに恵まれている。その全てが逆であるからこそ、ミスリル王国軍は困窮し、窮地に追い込まれていた。


「元々アレックス王もエルネストを引き渡さなかったのは、ルーエルラインがあったからだ。どうせ攻めてこない、攻めてきても撃退できると思っていたはずだ。本気で戦う意思があるものは数えるぐらいしかあるまい」


「本気で戦うつもりがあるなら、エフタル公が反乱起こしたのにザーブル元帥を復帰させるようなことはしなかったでしょうね」


「ケルトーの言う通りだ。正直、勢いに乗ってこのままモリア星域で決戦をしてもいい」


 先ほどのマルケルスの発言は、全体の気を引き締めるための謙遜であった。


 確かに地の利はミスリル軍にあるが、勢いと質、そして人の和はロルバンディア軍が圧倒している。


 エルネストという戦乱の現況を総司令官とし、誰もが認める司令官が総指揮をとれない時点で、ミスリル軍は形勢的に不利であるからだ。


「だが、戦わずして決まるならばそれに越したことはない」


「そこで私が昇進したということですね」


 エリオスの大将就任は元々確定していた。これは参謀総長をしているラートルや宇宙艦隊司令長官のマルケルスも同意しており、軍務大臣のバレリス元帥も認めているほどだ。


「貴官の昇進は既定路線だ。それが早まっただけに過ぎない」


 アウルスが言ったことは嘘ではない。実際、冷静沈着で淡々と仕事を行うエリオスは、宇宙艦隊は無論のこと、参謀本部や軍務省からも引き抜きがかかっている。


 バレリス元帥は軍務次官、ラートルは参謀次長、そしてマルケルスは宇宙艦隊総参謀長のポストを用意していた。


「まずはエルネストの艦隊を崩す。ロルバンディア軍の大将として、奴の艦隊の末端から揺さぶってくれ」


「了解です。末端の兵士たちには罪はありませんので」


 旧ロルバンディア軍の提督であったエリオスが大将に任命されたことは、現ロルバンディア軍でも厚遇されることを喧伝し、同時に彼らを内側から崩すことで降伏に導きやすくする策であった。


「私が殿下がいかに名君であるかを伝えれば、戦わずして終わるかもしれませんからね」


 普段は冷静ではあるが、内側には熱い感情を秘めているエリオスが珍しく高揚していた。その姿に旧ロルバンディア軍からの将官たちも同じ思いを抱いているのか、しんみりとなっていく。


しかし、一人だけが少しだけやや不満げな顔をしていた。


「エルネストのカス野郎はいいですけど、コルネリウスにはどうするんです? エルネストが死んでくれりゃ、ワインの一本ぐらいは空けてきそうですけど、それはそれで厄介なことになりませんか?」


 全員がしんみりとなりかけた中で、空気をあえて読まずに、コルネリウス対策が語られていないことをケルトーが指摘した。


「どうしたケルトー、エリーゼと夫婦喧嘩でもしたのか? 冴えてるじゃないか?」


 アウルスがそう言うと、何名かの将官たちが笑いをこらえており、ケルトーは首を振って否定した。


「そんなことはありません! というか、ありゃ簡単に降伏するツラしてないですよ。エルネストっていうお荷物がいなくなったら、逆効果じゃないですか?」


「エルネストという無能が指揮を取り、頭が二つある状態で不和を突く形の方が戦う上では理想ではあるな」


 マルケルスがケルトーの指摘を補足すると、全員が頷いていた。


「無論考えている。エルネストにはあの世に逃走してもらうが、コルネリウス大将には相応の対応をしないとな」


「ありゃ降伏する面してませんよ。むしろ、ヤバイ状況になったら死ぬまで戦うんじゃないですか?」


「お前もそうだからか?」


顔という意味ではケルトーもコルネリウスに負けず劣らず猛々しく、猛将である。おまけに偉丈夫なのだから猶更だ。


「まあ、それもありますが……」


「だったら簡単だ。そのあたりは、ジョルダンと策を練っているし水面下で進行中だ」


 本当はジョルダンだけではなく、アイリスを含めて練り上げた策なのだが、これが上手くいけばロルバンディア軍は戦わずして勝利することができる。


 マルケルスが言うように、当初アウルスは無能なエルネストと有能なコルネリウスという頭が二つある中で、不和に付け込むつもりであった。


 しかし、無用な殺生が避けられるのであれば、それに越したことはない。そのために、アイリス自ら説得に入ったことは今のところアウルスは誰にも話してはいなかった。


 今はただ、彼女を信じることしかできない無力さに、アウルスは生まれて初めて焦燥感を覚えていた。

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