元ロルバンディア大公世子、エルネストは歯噛みしていた。
「何故奴らは攻めてこない!」
旗艦の司令官席にてイラつきながらそう言った。
「ロルバンディア軍はまだヴァレリランドから動いていないようです」
そう報告したオペレーターに対して、エルネストは熱めに入れられた茶を手にし、盛大に頭にぶちまけた。
「ギャアアア!!!」
「閣下、何を……」
不機嫌そうな顔をするエルネストは、再び司令官席へと戻る。
「奴らは賊軍だ!ロルバンディア軍は我々だけに許された呼称だ。二度と言い間違えるな!」
怒声を浴びせるとエルネストはディスプレイに映し出された宇宙空間を眺める。
四年前、エルネストはロルバンディア軍を率いてアウルス率いるマクベス軍に叩きのめされた。
惨敗などではなく完敗、真正面から挑んだはずが簡単に分断され、各個撃破、包囲殲滅という末路でった。
彼は身一つで逃げ出し、その雪辱を一刻も早く果たしたいと思っていた。しかし、
「来るならこい!マクベスの第四王子風情が、ロルバンディア大公を簒奪したことに、天罰をくだしてやるわ!」
戦意溢れる言動に、取り巻きたちはざわめく。しかしそれも今ではどちらかと言えば少数派であった。
既に四年経過し、ロルバンディアの情報を知る中で彼らはアウルスの善政と、ロルバンディアがいかに繁栄しているのかを知っている。
大公となったアウルスの統治下にて、ロルバンディアはマクベスから独立し、ブリックスやアヴァールとの関係を保ちながら、決して干渉されることも、敗戦国として見下されることなく、生まれ変わったこともだ。
それを知って以来、既に大半の兵士たちは居場所がないことで帰国を諦めているものがほとんどである。
ロルバンディアの官僚や政治家、そして将兵達はなんら罪の問われることなく昇進すらしているにも関わらずだ。
一方で旧大公家に忠誠を誓い続けた者は一律で処刑され、戦犯なった者たちは迫害され、極貧のその日暮らしとなり、諸侯や将官であっても泥棒や乞食をして生活しているという。
まだ、この脱走艦隊で無論家族が害された兵士はいない。しかし戻ったところで大罪人として処刑される可能性や、家族に迷惑をかけるということで破れかぶれになっている者が大半であった。
本音を言えば、彼らはまた家族に戻りたいと思っている者がほとんどであり、やけっぱちになっているだけなのである。
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「ヴァレリランドから敗走した味方艦が向かっているだと」
司令官席で簡単な食事をとっていたコルネリウス大将は手を止めた。
「ロルバンディア軍の攻撃で、大破した船がほとんどであり、重傷者の収容を要請しております」
副官がそう報告すると「いかがでしょうか?」と尋ねた。
「愚問だな」
コルネリウスがそう言うと淡々とした表情のままに口元を吹いた。新任の副官である彼は味方を見捨ているのかと愕然とするが、その態度を悟ったのか、コルネリウスがにらみつけた。
「さっさと味方を助けろ! 同じミスリル軍の仲間だろうが! 味方を助けることは当然のことだ! いちいちそんなことで俺の許可を取るな!」
「了解です!」
コルネリウスは言動が荒く、諸侯たちからは不平不満が軍服を来ていると言われる男ではあるが、尊敬する上官には襟を正し、部下たちには公平でかつ、救援を行う優しさを持ち合わせていた。
「閣下、タルカス侯爵の姪も一緒にヴァレリランドから逃走してきたそうです」
「そうか、それから生存艦隊から指揮官たちを旗艦に集結させるように」
淡々とした指示と共に味気ない食事を終えると、コルネリウスは自ら、敗残兵となった将兵に会いに向かった。
全長1kmを超える大型の宇宙戦艦は、一つの集落と言ってもいいほどの広さを持つ。
省力化が進んでいるが、それでもなお、数百人の人員で運用されており、長期間に渡る航海を前提としている。
そのために医療設備や居住スペースも快適な形で作られていた。
それでもあくまで軍艦であることから、諸侯軍のようにカジノや宴会用のホールなどは存在しないのだが、万が一に備えての居住スペースは十分すぎるほどに用意がされていた。
「この度は、おめおめと負けてしまい申し訳ございません」
意気消沈し、煤ぼけた軍服と破棄を失った艦長に対して、コルネリウスは黙って肩に触れた。
「勝敗は一つの結果に過ぎない。それよりも、よく生きて帰ってきてくれた」
中佐は戸惑いながら「我々にも何らかの処罰が下るのでしょうか?」と尋ねた。
「ヴァレリランドを突破されたことは大きな問題ではあるが、今の我が軍にそんなことをやってる余裕はない」
「もし、罰を下すならば私だけにしていただければ……」
コルネリウスの目が急に険しくなる。厳のような硬骨漢とも言うべき彼に睨まれ、中佐はさらに怯えた表情を見せた。
「そこまで言うならば、罰を与えよう」
その言葉に全員が恐怖で震える。ミスリル軍きっての猛将の言葉は、将兵たちを無差別に威圧させていた。
「まずは医師の診断を受け、風呂に入って体を洗い、食事を取ってゆっくり休め。三日間、貴官らは休んでいろ」
一同が互いに目を合わせているが、コルネリウスは悪ガキのような態度でにっこりと笑った。
「その代わり、四日目からは盛大に働いてもらうぞ。そして雪辱を晴らせ」
全員が右往左往する中で、コルネリウスは生真面目な態度へと戻る。
「全員よく聞け。生き残ることは恥ではなく、力を出し尽くさずにおめおめと負けることが恥だ。全力を尽くして戦い負けた者を俺は攻めるつもりはない」
コルネリウスの言葉に、次第に打ちひしがれていた敗残兵たちが徐々に凛々しくなっていく。
「敗走して生きて戻れたならば、再び勝利を使む機会を与えられたということだ。そして貴官らは、おめおめと生き残った敗残兵ではなく、国家に忠誠を誓った軍人としての責務を果たせ。いいな」
力強い言葉で激励したコルネリウスに、敗残兵達全員が肩を震わせて嗚咽を流しながらも、敬礼してみせた。
その姿にコルネリウスの部下たちもまた、普段は言動が荒いコルネリウスに向けて、敬礼をしたのであった。
「貴様ら泣くな!さっさと医療部へ行け!ダラダラするな!」
コルネリウスの態度に全員が笑いながら医療部へと向かう。
彼の理解者であるザーブル元帥はコルネリウスの批評である不平不満が服を来ているという言葉についてこうフォローしていた
コルネリウスは同時に、愛国心で出来た靴を履いて歩いていると。
言動は荒いが、その言葉は的確であり、それは全てより良い結果を出すためであることを有能な人格者達は分かっていたのである。
故に、彼の艦隊は精強であり、ミスリル軍一の猛将という栄誉を手にしていたのであった。
「申し訳ございません、それから閣下、タルカス公爵の姪であるカスケード子爵令嬢が閣下とお会いしたいとのことです」
「子爵令嬢殿か」
コルネリウスも伯爵位を持つ貴族ではあるが、これは放蕩の限りを尽くした前当主である兄が廃嫡され、若き英雄として活躍していたことから与えられた爵位である。
元々爵位を継ぐつもりが無かったコルネリウスは、貴族同士の付き合いに無頓着であった為に、露骨に嫌な顔をした。
エフタル公をして「母親の胎内に貴族の作法を置いてきた」というほどに、彼はこうした分野に疎かった。それ故に、高貴な者たちへの対応がコルネリウスは苦手であった。
「どうかお願い致します」
「……仕方ない、早く医療部へ向かうんだぞ」
全員が敬服しながら医療部へと向かう姿を見ると、侍女らしき女性と共に紫色の宝石のような髪をした令嬢が姿を見せた。
「将兵達を助けて頂きありがとうございます」
「何、ミスリル軍大将として当然のことをしたまでのこと。それよりも、茶でも飲みましょうか?」
コルネリウスはそう言うと、副官から貰った情報を確認する。カスケード・モゥル・ミルファ、タルカス侯爵の妹の子であり、姪であるとしっかり記入されていた。
副官のエスコートと共に、侍女とミルファ嬢はコルネリウスの司令官室まで案内され、従卒が入れたお茶と共にテーブルに腰掛けた。
「歓迎いただきありがとうございます」
「挨拶は無用だ、ミルファ嬢。いや、エフタル・ソル・アイリス、一体どんな立場でここにやってきた?」
先程までの温和な空気は一瞬にして変化し、猛獣のような雰囲気を出すコルネリウスに侍女はたじろいでいた。
そして、ミルファ嬢に成りすましたアイリスもたじろぎそうになるが、彼女は真っ直ぐな視線でミスリル王国一の猛将と対峙したのであった。