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第24話 内応 前編

 首都星トールキンとヴァレリランド星域の中間地点に存在するモリア星域。


 有人惑星が存在しない星域ではあるが、首都星とルーエルラインにあるヴァレリランドとを繋ぐ位置にある。


 逆に言えば、この星域を遮断された場合、トールキンとヴァレリランドは切り離されることを意味する。


 そして、モリア星域を突破された場合、各地に駐留する諸侯軍の援軍が間に合わず、トールキンへと外敵が攻め入るという危険性があった。


「実にバカバカしい戦いだ」


 ミスリル王国軍、コルネリウス・ウル・ハーマン大将は旗艦の艦橋にてそう呟いた。


「閣下、そう大きい声を出されては」


 副官が慌てて注意するが、コルネリウスは平然としていた。


「構うものか。それに、今ここで俺を排除出来るものならばやってみろ。喜ぶのはロルバンディア軍だ」


 堂々と言い切る中で、ミスリル王国軍宇宙艦隊副司令長官を務めているコルネリウスを解任することはとてつもないリスクだろう。


 エフタル公やザーブル元帥に次ぎ、実質現在の軍ではナンバー3と言ってもいい彼が粛清するのは、強盗に襲われそうになった中で、護衛する騎士をその場で処刑するのも同然だからだ。


「だからこそ気をつけてください。奴らは頭がイカレています。愚者は何をしでかすか分からないというのは、閣下も仰っていたではありませんか」


 副官の指摘に、コルネリウスも肩を竦めた。


「そうだったな」


 そう呟くと、なんの因果でこんなことになったのか、コルネリウス深くため息をつく。


 本来ならば祖国を守るべく意気揚々とし、戦意に燃えていなければならない。実際、コルネリウスは数々の戦いで勇敢に戦い、艦橋に直撃を食らっても戦い続けた。


 エフタル公は「コルネリウスは誰よりも先陣に相応しく、誰よりも殿が務まる」と高い評価を与えていたほだ


 その人柄から、サラムやイラムら若き艦隊指揮官達にも戦術指導を行うなど、コルネリウスは多くの将兵たちに慕われていた。


「国家存亡の危機にも関わらず、何故あんな亡国の逆賊の指揮下に入らなければならんのだ」


 普段は部下たちの前で悪態をつくことはないコルネリウスではあるが、戦争の原因を作った亡国の世子、エルネストの指揮下で戦わされることにうんざりしていた。


「ザーブル元帥に頭を下げられなければ、トールキンでふて寝しとるわ」


 ザーブル元帥は士官学校時代からの先輩であり、口よりも先に手が出やすいコルネリウスを何度も庇っていた。


 その縁から時にはエフタル公に対しても、何故この場面で攻勢をかけないのかと悪態をつくコルネリウスも、ザーブルに対してだけは素直に従い、そして慕っていた。


「いっその事、ロルバンディアに寝返ってやろうか?」


「閣下!」


 悪ふざけのつもりで口にした言葉ではあるが、本人の中では極めて真面目であった。


「今回の戦争の発端はアレックス王がエルネストを受け入れ、アイリス嬢を裏切ったことにある。先王陛下と約定し、ファルスト公が間に入った話を、ディッセル侯と一緒にぶち壊した。エフタル公からすれば、反乱を起こしたくもなる」


 エフタル公相手に食ってかかることはあれども、それはコルネリウスがエフタル公を信頼しているからに他ならない。


 エフタル公の悪口を言う貴族をその場で張り倒して始末書まで書かされたほど、コルネリウスはエフタル公のことを尊敬していた。


「そしてエルネストを匿うなど、いくらルーエルラインがあるからと好き放題しすぎだ。帝国は無論のこと、ロルバンディア側にとっては国賊であり戦犯だぞ。そんなヤツを匿うという選択肢がありえない。この戦争は回避しようと思えばいくらでも回避が出来たなんだぞ」


 口調は荒っぽいが、要点を抑えた理のある発言に副官も黙ってしまった。コルネリウスだけではなく、多くの将兵たちはこの戦いに納得していない。


 全て国王であるアレックス王と、宰相ディッセル候の不手際により起きた戦いであるからだ。ザーブル元帥は解任されたが、エフタル公が反乱を起こした結果、無理矢理現役復帰させられてしまった。


 反乱を起こすことを待ち望んでいた結果、いざ起きたら慌てふためくこの行動に、コルネリウスを筆頭に宇宙艦隊の面々はうんざりしていたのである。


「攻められるから守るしかないが、やりきれんな」


 深くため息をつくコルネリウスだが、彼が気にしているのは馬鹿馬鹿しい戦いを戦わされるからではない。


 このくだらない戦いで、将兵たちを死なせることが最もくだらないことだからであった。


******


「戦いを終わらせたい?」


 アイリスの提案にアウルスは、思わずそう口にしてしまった。しかし、アイリスは至って真面目な表情をしていた。


「殿下はこの戦いの後をどお考えですか?」


「ミスリル王国を併呑するつもりでいる」


「であれば、より多くの人材が必要となりますね」


 その通りという言葉が出かけたが、彼女の主張の意図が今一つアウルスは読めずにいた。


「おそらくですが、ミスリル軍宇宙艦隊はかなり動揺しております」


「そうだろうな。エフタル公が反乱を起こしたとはいえ、心情的には戦いにくいだろう」


「ザーブル元帥が討伐艦隊の司令官として出撃しておりますが、今のミスリル軍にマルケルス大将やケルトー大将、そして殿下と雌雄を決する指揮官は私の知る限り一名しかいません」


 聡明なアイリスのことだ。おそらくエフタル公の部下たちのことも理解しているのだろう。


 元々ミスリル軍宇宙艦隊は、連合軍相手に戦えるほどに精強な艦隊だ。その艦隊と真正面切って戦うのは、流石のロルバンディア軍といえどもそれなりの損害を覚悟しなければならない。


「それにここでミスリル軍とロルバンディア軍が熾烈な決戦を行っては、後々の統治に向けても差し支えがあるのではないでしょうか?」


「つまり、君は戦わずしてこの戦争を終わらせるべきだと?」


 アウルスの問いにアイリスは真っすぐに視線を向けて頷いた。


「私の考えは甘いと思います。ですが、事の発端はあまりにもくだらない理由から始まっています。私もその当事者ではありますが、だからこそ犠牲者を抑えたいのです」


 アイリスの目が潤んでいるが、本音を言えばアウルスもミスリル王国を併呑するつもりはあっても、全てを打ち滅ぼすつもりはなかった。


「私とて、無用な殺傷は嫌いだ。戦わずに済めば越したことはない。ちなみに君はどう考えているんだ?」


「私の知る限り、今のミスリル軍で真面目に戦おうとするのは一部の諸侯軍だけです。誰もがやる気を失っているはずです。父を慕い、兄たちとも仲が良かった方々も多数おります」


「つまり、彼らをこちらに引き釣りこもうと?」


 やや口調を強めたアウルスではあるが、アイリスは涙をにじませてはいたが、相変わらず強い意志を感じさせる目をしていた。


「この戦争を始めたのは私です。私にはこの戦争を終わらせる義務があります。そうでなくては……」


 思いつめる表情をしている彼女に、アウルスは苦笑する。


「何もそうやって自分を追い込まなくてもいい」


 アウルスはそう言うと、二杯目の茶を自分で入れて彼女に差し出す。その茶をアイリスは口にすると、若干ぬるめに入れられたお茶は口当たりがよく、すんなりと喉が通った。


「戦争を始めたのは君だけではない、私もその一人だ。そしてアレックス王もな。もっと言えば、この戦争は私とアレックス王の戦争であって、君の戦争ではない」


「それでも私は」


「その気持ちは分かるが、君はきっかけを与えただけだ。私が否と答えたら、この戦争は始まっていない」


 穏やかではあるが、若き大公としての風格を醸し出すかのようにアウルスはそう言った。


「だが、確かに私も無益な殺生は好まない。攻められれば戦い、約定に従わない者は討伐する。そうでなければ国家が存続できないからな」


「殿下、それでは?」


 アウルスは誰よりも勇ましいが、決して戦闘狂ではない。そして、優れた人材と人格の持ち主であれば、誰であっても取り立てる公正さと人材を求める度量を持ち合わせている。


「君の話を聞こう。それに、戦わずに済めば将兵たちを死なせずに済むからな」


 アウルスが承諾するとアイリスは思わず胸が熱くなり、そのまま目じりも熱量が伝わり涙となって流れた。それに気づいたアウルスはさりげなくハンカチを手渡し、彼女は目元をぬぐった。


「ありがとうございます」


「それで、君は何を考えているんだ?」


「ミスリル軍宇宙艦隊を寝返らせます」


 流石のアウルスも噴き出しそうになったが、聡明な彼女であれば何かしらの根拠を有しているはずだと心を落ち着かせた。


「方法は?」


「まずは、一人の提督を味方に付けます」


「ほう、相手は?」


「コルネリウス・ウル・ハーマン大将です」



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