「最悪の報告だな」
艦橋にて両腕を組みながらレールガンとミサイル、中性子ビームの飛び交う戦場を前に、ザーブル・ウル・ローウェン元帥はそう言った。
「何がですか?」
数の有利さから、余裕を持ったコーデリオン中将は鼻で笑っていた。
「ヴァレリランドが突破された」
「元帥閣下は冗談がお上手ですな」
「冗談なら貴官にこんなことは口にしない」
既に戦い始めてから二週間ほど経過するが、既にザーブルはこの諸侯上がりの中将を嫌悪していた。
食事は無論だが、会議にしてもコーデリオンは参加を拒否し、自室に引きこもって酒を飲んでいるほどである。
その不真面目さとディッセル候の縁故だけで成り上がったこと、そして、何よりも死ぬ覚悟も戦う覚悟もなく、戦場にやってきた不徳さと傲慢さに辟易していた。
「参謀本部より連絡があった。ロルバンディア軍はヴァレリランドを突破し、一路トールキンを目指している」
報告書を投影し、いつもの不遜さを消したコーデリオンはそれをまじまじと読んでいた。
「こ、これは事実なのですか?」
「嘘を付く意味などあるまい。どう突破してきたのかはロルバンディア軍に聞くしかあるまいが、突破されたのは事実だ。そうなると、いろいろと戦略が狂うことになる」
ザーブルは歯噛みするが、コーデリオンは一転して顔が真っ青になっていた。
大した覚悟もなく、監視役程度の気持ちでやってきたのがよく分かるが、ヴァレリランドが突破され、ロルバンディア軍が国内に侵入してきたということは、エフタル公の反乱は単なる反乱では済まなくなる。
「私がロルバンディア軍の立場ならば、エフタル公に一刻も早くこの情報を伝えようとするだろう。そうなれば、反乱軍の士気は嫌でも上がるはずだ」
あくまで一諸侯の反乱が、ロルバンディア軍という援軍が参入した場合、それは反乱ではなく大乱であり国家存亡の危機である。
ロルバンディア軍にしても、エフタル公の娘であるアイリスと大公のアウルスが婚約している以上、この状況を座視するわけがない。
「ロルバンディア軍は精鋭ぞろいだ。宇宙艦隊司令長官を務めるマルケルスを筆頭に、猛将のウイルス・ケルトーなどが揃っている。諸侯軍では対抗するどころか、奴らの武功に貢献するだけだろうな」
諸侯をバカにされたことに、コーデリオンはムッとするが、ロルバンディア軍はブリックス軍やアヴァール軍にも引けを取らない。
脆弱なミスリル王国諸侯軍では、鎧袖一触となるのは目に見えており、火を見るよりも明らかだ。
「それで元帥閣下はどうされるおつもりで?」
「このまま戦闘は継続する。だが、このままいけばトールキンが危うい。艦隊の半分だけでも戻しておいた方がいいだろうな」
ザーブル元帥率いる討伐艦隊は八個艦隊を有している。
ミスリル王国宇宙戦艦の半数を率いていることになるが、難攻不落のルーエルラインを突破したロルバンディア軍には勢いがある。
「遅かれ早かれロルバンディア軍はエフタル公と連携を取る。だが、連携を取ろうとしても取る相手がいなければ問題ない。ロルバンディア軍を撃破すれば、エフタル公の反乱も鎮圧できる」
「ですが、我らはエフタル公の討伐が目的で……」
「前提が全て覆っているのだぞ。このままいけば、トールキンが陥落する」
ミスリル王国宇宙艦隊がロルバンディア軍に劣っているとは思わない。だが、年には念を入れてロルバンディア軍以上の数を揃える必要性がある。
ロルバンディア軍は、通行不可能と言われたルーエルラインを突破してきたのだから。
「ですが、エルネスト様がいるではありませんか」
「奴はマクベス軍を率いたアウルス大公に完敗している。ドラゴンとトカゲを比べるようなものだ。そして、今度はこの王国も失わせるつもりか?」
冗談が下手なザーブルではあるが、端的にエルネストの欠点を指摘していた。
実際のところ、エルネストは四年前に真正面から艦隊決戦を挑んで、マクベス軍に大敗して大損害を出して旧大公家を滅ぼしている。
「それは我々が決めていいことではありません。ディッセル候の許可を取らねば」
「なら今すぐに許可を取ってもらおう。ロルバンディア軍は十個艦隊、エフタル公の率いる艦隊はせいぜい四個艦隊だ。今すぐにでも折衝をお願いする」
ザーブルがそう言うが、コーデリオンは迷っていた。
流石にロルバンディア軍が攻めてくることは計算違いではあるが、このままいけば楽な戦いからロルバンディア軍相手に戦わされる羽目になる。
彼にとってこの戦いは、近縁にあるディッセル候の推薦で箔をつけるために臨んだ戦いであり、命など初めからかけていないのだから。
命をかけるのはばかばかしい。しかし、このままいけばトールキンが危ういのも事実であり、コーデリオンは自室へと戻りどうするべきかを考えることにした。
後に、この行動の結果、戦犯の烙印を押されることになるとも知らずに。
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「そうか、アウルス大公がヴァレリランドを突破したか」
ロルバンディアが極秘裏に侵入させていたスパイからもたらされた情報に、エフタル公は思わずほくそ笑んだ。
「本来憂うべきことではありますが、やってくれましたな」
誰よりも冷静なレスタルすら喜んでいたが、それは無理もないことだ。
現在エフタル公率いる反乱軍は、ヴァラール星域にて一進一退の攻防戦を行っていたのだから。
「これで士気は維持できます。とりあえず、負けない戦いを続けることが出来る」
レスタルが安堵するが、ヴァラール星域もまたルーエルラインほどではないが、迂回が出来ない回廊のような場所が存在する難所である。
この地形を利用しながら、エフタル軍は有利に戦いを行い、数の不利を補っていた。
「それにこれで孤立無援の戦いでは無くなりましたよ」
指揮官の質はともかく、艦艇等含めた総合力はミスリル軍宇宙艦隊には及ばない。いくら地形を利用して五分の戦いを行っていようとも、ジリ貧な戦いであることに変わらない。
「これで単なる防戦から、宇宙艦隊の半数をこちらに差し向けることで、アウルス大公への助力にもなります。それに、ザーブル元帥も迂闊に動けません」
レスタルの言うように、ロルバンディア軍がヴァレリランドを突破したことでこの戦いは大きく一変した。
「これがボードゲームならば盤面がひっくり返ったようなものだな」
らしくも無い冗談を口にするエフタル公ではあるが、実際に盤面は大きく変化した。
「さて、ザーブルはどう動くか?」
「元帥ならば艦隊の半数をトールキンに戻すでしょうな。それが正しい」
「実行出来ると思うか?」
「元帥にまともな職権が残されているならば」
元帥号はそのままにザーブル元帥は宇宙艦隊司令長官職が外されているままだ。
それに軍を嫌っているディッセル侯ならば、何かしらのお目付け役がいるはずである。
「釘付けにするべきか、それとも分割させないようにするべきか、悩ましいな」
8個艦隊をこのまま釘付けさせれば、ロルバンディア軍がトールキンを陥落しやすくなる。だが、エフタル軍にしてみれば、単純な数の暴力で兵力をすり減らされてしまうのだ。
「一つ策があります。上手くいけば、最小限の犠牲者でことが進むかもしれません」
ミスリル軍最年少の軍務局長として、才幹を奮った知恵者として、レスタルは一つの策を思いついた。
そして、これがこの婚約戦争を早期終結へと繋げることになるのであった。