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第23話 穿たれた壁の中で 前編

「流石殿下だ。こういうのは殿下にしか書けんわ」


 アウルスの旗艦インドラにて、モバイルをいじりながらウイルス・ケルトー大将は盛大に笑っていた。


「愚かな主君は害悪なり、滅ぶが民の為!だぜ。こんなの、殿下しか言えんわな」


 同意を求めるかのように、ケルトーはシュリーゼ中将とエリオス中将にそう言った。


「殿下の言葉のセンスは、いつ聞いても感嘆しますね」


 微笑みながら黙ってお茶を飲むシュリーゼとは対照的に、エリオスはケルトーに同意していた。


「愚かな主君は害悪なり、滅ぶが民の為というのはまさにその通りです。実際、それで旧大公家は滅んだのですから」


 普段は冷静沈着ではあるが、旧大公家、特にエルネストの無茶苦茶な軍事への介入に苦労させられ、無謀な首都防衛戦までさせられたエリオスには、それを言うだけの権利があった。


「エルネストみたいなクズを匿った結果、それを大義名分にして俺たちに攻められてるようでは話にならんわい。俺がミスリル王国軍に所属していたら、反乱起こすな」


「閣下、それはちょっと……」


「何だよ?俺は殿下に叛意はないぞ。殿下のような主君に仕えることができて、俺は幸せだからな」


 ヴァレリランドの突破に自害も覚悟していただけに、流石のシュリーゼもケルトーの叛意無き言動であることは理解していた。


「第一、主君という立場だけでは人は動かんわい。殿下が大公として君臨しているのは、殿下がマクベスの第四王子だからか? 元帥だったからか? 違うだろう」


 ケルトーの言葉に、エリオスも深く頷いている。


 シュリーゼ自身はケルトーと共にマクベス軍の一員としてロルバンディア侵攻に参加し、艦隊司令官として活躍していた。


 生え抜きであるシュリーゼ以上に、エリオスのように旧ロルバンディア軍の面々の方が、実はアウルスに対して明確に忠誠を誓っているほどだ。


「殿下は素晴らしいお方だぞ、シュリーゼ提督」


「エリオス、いやヒエロ、君も少しは自重したまえ」


 シュリーゼとエリオスは名前を呼び合うほど、今では仲が良い。


 シュリーゼ自身、人となりが温厚であるがいざという時の統率力と指揮能力から、兵站から戦闘まで何でもこなせる人物である。


 大将への昇格もあったが、家族との生活を優先したいということでシュリーゼは昇進を断っていた。


 だが、その手腕はケルトーやマルケルスすら感嘆させるほどであり、エリオスと並び、自他共に認める大将候補であった。


「お前たち、また殿下の文章を読んでいるのか?」


 会議室にやってきた宇宙艦隊司令長官のマルケルス大将に、全員が敬礼をする。


「ケルトー、やっと敬礼を覚えたのか?」


「俺は犬か?」


「犬の方が賢そうだから、今のは犬が可哀そうだったな」


 マルケルスも結構な毒を吐くが、ケルトーはその倍は吐くために、シュリーゼはにこやかに見守り、エリオスは密かにほくそ笑んでいた。


「それで司令長官閣下、ここからはどうなるので?」


「艦隊決戦だろうな」


 従卒からお茶を受け取ったマルケルスは端的にそう答えた。


「ヴァレリランドを突破した以上、我々の最終目的地はトールキンだ。当然ながら、奴らもそれを黙って見ているほど愚かじゃないだろうな」


 マルケルスはディスプレイを起動させ、航路図を出す。


「ヴァレリランドを突破した今、最短ルートでトールキンを目指せる。この辺りには諸侯軍もいない。障害物も存在しない以上、最低でもトールキンの中間地点で決戦を挑む必要がある」


「そうなると、ぶつかるのはここですな」


 エリオスが指摘したのは、トールキンとヴァレリランドの中間地点にあたるモリア星域であった。


「やはりここが決戦の地となりますか」


 シュリーゼもエリオスも、そしてケルトーやマルケルスもまた、モリア星域が決戦となることを想定していた。


 というよりも、まともな軍事教育を受けている軍人であれば、どこが決戦の地となるかは誰でも予想することができる。


「だがよ、それは流石に見え透いているんじゃないか?」


 分かり切った結論にケルトーは罠を警戒していた。


「誰がどう見ても、ここで決戦するのは目に見えているだろう。これ以上進んだら、万が一突破された場合、援軍を呼ぶこともできない」


「その通りですが、今のミスリル王国に我々と互角にやり合える艦隊は、ミスリル軍宇宙艦隊ぐらいでしょう。しかも、そのうちの半分ほどがエフタル公討伐に向かっている」


 エリオスが言うように、今のミスリル王国にロルバンディア軍を相手にできるのは、ミスリル王国軍宇宙艦隊だけだ。


 エフタル公とザーブル元帥によって鍛えられた精鋭が控えてはいるが、それでもロルバンディア軍には勢いがある。


「それにエフタル公もザーブル元帥も、トールキンにはいません。率いるのはおそらくエルネストでしょうが、あの稚拙な坊やであれば、そこまで気にする必要もないのでは?」


 他人の悪口を言わないことに定評があるシュリーゼも、エルネストに関しては扱いするほどに見下していた。


「エルネストは正面突撃ぐらいしか能がありませんからな。盛大に、派手な死に場所を与えねば」


「エリオス、お前怖いよ。派手に殺してもいいけど言葉にするな」


 普段から放言が多いケルトーではあるが、エルネストに煮え湯を飲まされ、多くの部下や戦友を犠牲にされたことを恨むエリオスをなだめた。


「罠があるなら食い破ればいい。それに、罠ならこちらも仕掛ければいいだろう。策はいくらでもある。後ほど作戦会議だ、遅れるなよ」


 マルケルスはそう言うと、全員が改めて身構え、決戦に備えるのであった。


****


「殿下、お疲れ様でした」


 一息つけるようになった中で、アイリスは自ら茶を入れてアウルスの机に置いた。


「ありがとう、君も怖い思いをしただろうに」


 茶を入れてくれたことに感謝し、アウルスはカップを手にした。


「私は安全な場所にいましたので」


「戦場にいる宇宙戦艦に安全な場所などはないさ」


 少し熱めに入れられた好みの茶を口にしながら、若き金髪の大公はそう言った。


「どれほど丈夫な戦艦であっても、命中する場所が悪ければ簡単に沈む。アイリス、君は思った以上に豪胆なのだな」


 自分好みの美味な茶の味に、アウルスは上機嫌になっていた。


「エネルギーシールドや特殊装甲が張り巡らされていようとも、命中した場所次第では撃沈する。そんな場所にいて、君は泣き言も言わず家族のために危険な場所にいようとする。実に剛毅であり豪胆だ」


 微笑むアウルスに、アイリスは複雑な気持ちになる。


「昔からそうでした、私、令嬢らしさがないと……」


「普通の貴族令嬢であれば、戦場は無論のこと、宇宙戦艦には乗らないだろう」


 アウルスの言葉にアイリスは落ち込んでしまう。


 屈強な兄たちと共に育ったためか、アイリスは幼少期からおてんばであった。何かにつけて親の爵位で威張り、地位の低い者をいじめるような輩相手に殴ったり、蹴飛ばすなどの行動を取っていたほどだ。


「だけど私は頼もしく思えるよ」


 アウルスじゃアイリスの瞳を見つめていた。


 エメラルドのように深い緑の瞳は不思議と癒され、アウルスは高ぶっていた心境から冷静さを取り戻していた。


「君は自分だけ安全な場所にいることを良しとしない。誰も求めても望んでもいないことを、君は自らの意思と共に、安穏としていることを良しとせず、危険な場所に身を置くことにした」


「私はただ、お父様やお兄様たちが心配で……」


「心配を口にするものは吐いて捨てるほどいる。だが、百の言動よりも一つの行動が大事だ。口にはどれほど美辞麗句を語り、悲しみや嘆きを口にしようとも、孤児たちに寄付の一つもしないようではその発言の薄っぺらさが分かってしまう」


 綺麗ごとだけを口にするものを、王子として、大公として見てきたアウルスらしい発言にアイエスは自分を褒めてもらうことを嬉しく思った。


 同時に自分は、我儘を言っているに過ぎないのではないだろうか?


「言動を一致させるのは難しいものさ。私だって好きでもないものを好きと言わなくてはならず、戦いたくなくても戦ってしまう。その逆もまた然りだ。人は平気で矛盾し、言行不一致な態度を取る。だからこそ、君のように言動を一致させ、自ら危険な場所に赴く人は尊敬される」


「殿下は私を過大評価しすぎです」


「それはお互い様じゃないか。それに、君がいると思うと私も自分で無茶をしないようにと心がけることができる」


 アウルスが優しく言葉をかけると、アイリスは不思議な気持ちになった。


 公爵家の令嬢として生まれ、恋愛など想像したこともなく、政略結婚が当たり前だった中でアウルスに認められ、褒められ、喜ばれると無償に心が嬉しくなる。


 侍女であるセリアのおかげで、アウルスを好きになってしまったことに気づき、婚約を受け入れたアイリスではあるが、接すれば接するほどに彼女はこの若き大公のことを好きになっていった。


 今は婚約された時よりも彼の事が好きになっている。その気持ちに偽りはなく、むしろアイリスは何とか力になりたいとすら思っていた。


 今の自分に何ができるかは分からないが、アイリスは自分が愛する若き大公に向けて、ある提案を行うことを決意したのであった。



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