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第22話 凶報と吉兆 後編

「なんということだ……」


 頭を抱えながら、ミスリル王国宰相であるディッセル候は現状を嘆いていた。


 ロルバンディア軍がヴァレリランドを突破し、トールキンへと迫っているが、それに伴ってアヴァールとハザールの二国が国交断絶を通達してきた。


 要求ではなく、通達である。つまり、アヴァールとハザールはミスリル王国を完全に見放したということを意味する。


 特にブリックスやベネディア、マクベスに匹敵する大国であるアヴァールが国交断絶するということは、ミスリル王国がどの国からも相手にされなくなるということだ。


「内憂外患にも程がある……」


 ミスリル王国はルーエルラインという絶対防衛ラインと、希少資源を多数有しているからこそ、他国との交流が薄い。


 厳密に言えば薄くなったというのが正確だろう。


 外交を主導していたファルスト公やエフタル公は、今のミスリル王国政府には存在しないのだから。


「閣下!」


 部下が執務室にやってくると、ディッセル候は不機嫌さを抑えた。


「なんだ?」


「陛下がお呼びです」


 直接連絡を寄こせばいいものを思いながら、ディッセル候は黙ってアレックスの執務室へと向かった。


 アレックスの豪奢な執務室には、華美な装飾品ばかりが置かれており、とてもではないが仕事をする場所ではない。


 そこにも苦言をしておきたいところではあるが、今はそんなことをやっている場合ではないために、ディッセル候は黙って執務室へと入る。


 執務室には不機嫌そうなアレックスを筆頭に、客分であるエルネストと外務大臣のヴァンデル伯がいた。


「遅いぞ」


 第一声がアレックスの指摘に、ディッセル候は眉を顰めそうになるが、それを表に出すことはなかった。


「ご用件は?」


 ディッセル候が尋ねると、アレックスは不機嫌そうな表情のままにディスプレイを起動させた。


「こんなものが奴らから送られてきた」


 今にも激怒しそうなアレックスに、とりあえずディッセル候はディスプレイを目を眺める。そこにはロルバンディア大公、マクベス・ディル・アウルスの姿があった。


「色に溺れ、欲に負けた世紀の暗君、ミスリル・ディル・アレックス王へ」


 いきなり過激なことを言っているが、今にも激高しそうなアレックスやエルネストとは対照的に、画面に映るアウルスの姿は威風堂々としていた。


「貴公は愚かにも、枢軸国随一の名将にして救国の英雄であるエフタル公をないがしろにし、淑女の鑑たるアイリスとの婚約破棄を行った。その後釜は、媚びを売ることしかできぬ娘と、娘を王妃にしなければ閣僚にもなれぬ無能者というのは、実に貴公らしい選択だ」


 堂々たる口調のままに、金髪の大公はさりげなくもだが、アレックスの見る目の無さとヴァンデル伯とフローラを盛大にこき下ろしていた。


 実際、ディッセル候はヴァンデル伯を選んで婚約を勧めたのは、彼と彼の娘が無能であるからに他ならなかった。


「さらには帝国一の朝敵であるエルネストを匿い、わが国は無論のこと、帝国と枢軸国全てを敵に回すという愚行を犯した。これは単に我がロルバンディアだけではなく、帝国と枢軸国全てに対する蛮行である」


 気づけばアルコール度数が高い蒸留酒を口にしているエルネストは、アルコールと怒りで目が血走っていた。


「エルネストは自らの愚行により、同じ枢軸国に対して戦争を引き起こし、しまいには自らの命惜しさに逃走し、自らの父である大公と母である大公妃を筆頭に、家族を全て犠牲にした」


 口調はひどいが、この点はディッセル候も納得はしていた。実際のところ、エルネストはこの愚行により、両親と自分の兄弟を死刑台に追いやったのだから。


 エルネストが捕まっていれば、彼が戦犯として大公夫妻と彼の兄弟は地位を失うことはあっても処刑されることはなかったはずだ。 


「エルネストは多くの臣民たちを無道な戦いに巻き込んだ。心ある臣下をないがしろにし、民を圧政にて苦しめ、佞臣ばかりを重用しては国を滅ぼしたこの銀河でもっとも愚かな大逆人である」


 歯ぎしりしながら、忌々しいという表情を見せるエルネストだが、これに関してもなんら擁護ができない。


 エルネストの無駄な軍拡や示威行為、無配慮な拿捕や領域侵犯から激怒したマクベスは艦隊を派遣し、ロルバンディアは占領されてしまった。


 そのまま征服者となったアウルスが、ロルバンディア大公として即位し、統治を行っていたが、その統治はまさに善政と言われており、侵略者であったとは思えないほどに民衆からの支持を得ている。


 何名かの外交官たちが、その繁栄ぶりと民衆からの人気ぶりを熱心に報告するほどであった。


 同時に、旧大公家は粗末な墓だけが用意され、誰もそれを手入れすることはなく、旧大公家の話をするたびに嫌悪と侮蔑が飛んでくる程だという。


「その大逆人を匿い、我が臣民を苦しめた罪人の引き渡しを拒否することは、帝国と枢軸国全てに対する宣戦布告である。同時に、罪のないミスリル王国臣民をも無益な戦いへと引きずり込む愚行というべきだろう」


 辛辣な口調であるが、これが他国のことであれば聞き流せることではある。だが自らの主君と祖国のことであれば話は別だ。


 アウルスは明らかにミスリル王国を挑発し、侮辱していた。


「だが、今からでもエルネストを引き渡すのであれば、以下の内容で和平とする。一つ、ミスリル王国の領域半分の割譲、二つ、アレックス王の退位、三つ、エフタル公を宰相兼総督とすること。返答は明日の正午とする」


「ふざけた提案だ!」


 今すぐにでも、何かをぶん投げて八つ当たりしようとするアレックスであったが、激怒するのも分からなくもない。


 それほどに、アウルスの提案は無茶苦茶であり、事実上の降伏勧告と言ってもいい。それ以上にミスリル王国は、ロルバンディア大公国の属国に成り下がってしまう。


 領域の割譲とアレックスの退位は誰もが要求するだろうが、同時にエフタル公を宰相兼総督にしろというのはかなり悪辣な要求と言える。


 アウルスはエフタル公の娘であるアイリスと婚約を結んでおり、エフタル公を宰相兼総督として統治をさせるのは事実上、ミスリル王国を支配するような行為に近い。


「最後に一つ。愚かな主君が国家にできる最大の貢献は、自害することだ。自らの命と臣民と国土を秤にかけるような者は君主としての資格がない。ましてや、巨悪を匿い、臣民の安寧を自ら打ち壊すような、王道と人倫から外れた暗君には生きる資格がない」


 事の発端は、アイリスとの婚約破棄ではあるが、ロルバンディア軍は朝敵であるエルネストの引き渡しを拒否したことだ。


 朝敵を匿ったことは、宣戦布告の大義名分としては十分すぎるほどの大罪であるからだ。 


「愚かな主君は害悪なり、滅ぶが民の為。貴公に君主としての自覚があるならば、臣民の為に君主としての義務を果たせ」


 一方的で高圧的ではあるが、ディッセル候は悔しい事に理と筋は間違いなくアウルスの方にあると感じていた。


 この戦争の発端である原因を消去すれば、必然的にミスリル王国は平穏となる。


「ということだディッセル候。あの金髪の小僧を今すぐに撃退しなければならない。そこで私はエルネストに託すことにした」


「お待ちください陛下、それは……」


「貴様はあの内容を聞いて腹が立たないのか?」


 腹が立たないといえば嘘になるが、怒りに任せて戦いを挑むというのはあまりにも危険すぎる。


 それは軍事の素人であるディッセル候でも判断できることだ。


「私のために戦争が始まったというならば、そのケリは私が付ける以外にあるまい。それとも宰相閣下、あなたがあのアウルスと戦うつもりか?」


 国を滅ぼした張本人が何を言うのかと言いたくなったが、それでも素人であるディッセル候ではアウルスは無論のこと、エフタル公の討伐すらままならないだろう。


「そうですぞ閣下、ここはエルネスト殿に迎撃の指揮を取っていただき、あの忌まわしい仮初めの大公を討ち果たしてもらわねば」


 その仮初めの大公相手に大敗した男に任せることが、いかに危険なのかすらヴァンデル伯には分からないらしい。


 やせぎすな宰相は、この愚かな伯爵を外務大臣という大任を与えてしまったのかを悔やんでいた。


「愚かな主君は害悪なりか。ならば奴を打ち取って、エルネストにはロルバンディアの正当なる大公になってもらわねばな」


「任せてもらおう。奴らを撃退すれば、力で簡単に状況はひっくり返るのだからな」


 国王アレックス外務大臣ヴァンデル伯、そして客将エルネストが笑い合う中で、ディッセル候はミスリル王国が少しずつ破滅へと突き進んでいることを感じていた。


 だが、彼はまだ自分の悪行を気づいていない。


 古き良き時代への懐古という、己の下らぬ見栄のために彼はこの現状へと通じる道を築き上げたこと。


 そして、彼もまた愚かな宰相であり、民の為に滅ぶべき存在であるという事実を。

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