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第22話 凶報と吉兆 中編

「貴公のおかげだ、よくやってくれたなヴァンデル伯」


 ワインを飲みながら上機嫌に笑うアレックスに、ヴァンデル伯は恐縮してはいたが、嬉しさを全く隠し切れずにいた。


「いえいえ、宰相閣下はどうもエルネスト様を誤解されておられるようですからな。国難であるからこそ、我らは団結をせねばならぬというのに」


「同感だ。大体、奴は有事に際して何の役にも立たん」


 アレックスはそういうと、エルネストも不適に笑う。


「あの老人はただの懐古主義者ではないか。それほど昔話が好きならば、宰相ではなく専門の仕事を与えた方がよろしかろう」


 エルネストが皮肉交じりに口にしたが、アレックスは真面目な顔へと変わる。


「確かにディッセル候にはそれなりの恩義もあるが、あそこまでいざという時に何もできないのであれば、それもやむなしではあるな」


「だろう? そこで、次期宰相はヴァンデル伯にすればいいではないか?」


 エルネストが促すと、ヴァンデル伯はまんざらではないような顔をする。


「そうなれば、ヴァンデル伯は君の岳父だ。その方が、君にとって得ではないか?」


 エルネストが言うように、ヴァンデル伯の地位が高まればこれまで以上に、アレックスとフローラの仲も親密になれる。


 それに、外戚が外務大臣であるよりも宰相であった方が何もかもがスムーズに行くはずだ。


「そうだな、前向きに検討しておこう」


 アレックスが上機嫌になりながらワインを飲むと同時に、ヴァンデル伯の部下が慌てた顔してやってきた。


「閣下! たった今アヴァールとハザールより通達がありました」


「なんだと?」


 ハザール大公国は旧ロルバンディアとミスリル王国の友好国であり、アヴァールは大公国でありながら、マクベスやベネディアに匹敵し、軍事力だけならばブリックスにも匹敵する大国である。


 それだけに、全くと言ってもいいほどに油断ならない国であり、思わずアレックスもエルネストも身構えていた。


「どんな内容だ」


「こちらを」


 ヴァンデル伯に通達を印刷した紙を手渡すと、ヴァンデル伯は読むなり手が震えていた。


「殿下、アヴァールとハザールが国交を断絶すると……」


「なんだと?」


 ヴァンデル伯からひったくるかのように、通達書を読むアレックスもまた、顔色が真っ青になっていた。


我が国アヴァールは此度の戦争に一切関知しない。大義と正義はロルバンディア大公国にあり、朝敵を匿うミスリル王国に与することは今後一切ありえない。よって、大使を引き上げ、国交を絶つ……だと!」


 震える手でアレックスは、全く同じ内容が書かれたハザールの通達書と共に、アヴァールの通達書を丸めて床にたたきつけた。


「ハザールめ! さんざん安値で資源を売ってやったにも関わらず、ブリックスの顔色を窺ったというのか!」


 ハザールは現在、アウルスと仲が良いクラックスが統治するブリックス王国の傀儡となり果てていた。


 そのために、エルネストも国を追われることになりミスリル王国へと逃げてきた経緯を持つ。


 だが、それ以上に恐れているのはアヴァール大公国である。


「アヴァールのエミリオ大公は油断ならぬお方ですからね」


 ヴァンデル伯が口にするように、元々アヴァールは十二大公国筆頭国である。


 それが八王国に対抗できるような大国になったのは、現大公であるエミリオ大公の手腕によるものが大きい。


 連合に属する国々と戦いながら領土を勝ち取り、八王国や十二大公国へと攻め入りながら、利権を獲得しつつ、時には仲介を行う。


 そのために、今ではアヴァールは帝国との交渉権も有するなど、ブリックスに比肩するほどの影響力を有しているほどだ。


「くそ! アヴァールの鉄血大公め! 余計なことばかりするとは……」


「ですがブリックスも一切の干渉をしないと宣言しています。万が一のことも考える必要が……」


「わが軍が負けると言いたいのか?」


 日和見になったヴァンデル伯をアレックスは睨みつける。


 しかし、そんな中でもエルネストは落ち着き払っていた。


「まあ待ちたまえ、わが友よ」


 落ち着き払っているエルネストではあるが、ヴァンデル伯は一瞬冷静になる。


 そもそも、ロルバンディア軍が攻め込んできたのはエルネストのせいなのだから。


「私が奴らを叩きのめしてしまえばいい。所詮、アヴァールもブリックスも、ロルバンディアが強いと思い込んでいるからこそこんな態度に出ているに過ぎない」


「エルネスト……」


「対面だなんだ、外交ではきれいごとばかりを口にするが、結局は一番強い相手になびくものだ。小国は大国に従属する。それが原理原則というもの。要は、奴らはロルバンディアを強者と勘違いしているだけだ」


 自信満々に語るエルネストの姿に、憶病なヴァンデル伯も安心したのか、ほっとしていた。


「そうですな、奴らさえ叩きのめしてしまえばいいだけの話です」


「実際、私がロルバンディアから落ち延びた後、ブリックスもアヴァールも、マクベスの第四王子に媚びを売った。気づけば奴はロルバンディア大公になってしまったが、この世界は強者がルールを制定する。であれば、我々もそのルールに従えばいいだけのこと」


「やってくれるな?」


「もちろんだ。私を匿ってくれた恩に報いねばならんからな」


 エルネストは改めて右腕を差し出すと、アレックスは固くその手を握りしめた。


 誰も頼りにならない状況の中で、アレックスはエルネストに全てを託すつもりでいた。


 彼ならばやってくれるであろうと、何の保証も採算もないままに彼はそう思い込んだのであった。


*****


「ほう、エミリオ大公もこちらに与してくれたか」


 旗艦インドラの執務室にて、アウルスは首都メルキアに残ったジョルダンからの報告を受けていた。


「ジュベールがエルネストをミスリル王国が匿っていること、そしてわが軍がちょうどヴァレリランドを陥落させたことを伝えたところ、ミスリル王国とは国交を断絶すると激怒していたそうです」


 アヴァールの鉄血大公こと、アヴァール・トゥエル・エミリオは一筋縄ではいかない君主である。


 クラックスやアウルスよりも一回りほどある年長者だからと言うのもあるが、一代でマクベスやベネディアを超え、ブリックスにも比肩しうるだけの大国にしてしまった名君でもあった。


「それで、何かしらの取引を要求されなかったか?」


 アウルスが尋ねると、ジョルダンは予想していたかのようにうなずく。


「ミスリル王国を占領後、いくつかの資源を優先的に取引してほしいという要望を受けました」


「やはりな、食えないお方だ。アヴァールほどの大国が国交断絶すれば、ミスリル王国を助けようとする国は現れない。アヴァールと正面切って喧嘩を売る国など、ブリックスぐらいだろう」


 アヴァールの国交断絶は朝敵エルネストを匿っていたミスリル王国への制裁であると同時に、間接的にロルバンディアを援護することを意味する。


「そして、エミリオ大公は我々が勝利すると確信しているはずだ」


 アウルスの言葉にジョルダンも頷く。


「唯一殿下に対抗できるのはエフタル公ですが、そのエフタル公は反乱を起こしておりますからな。そして、我々がエフタル公と手を結ぶのは誰もが思いつく一手です」


「実際、その通りにことは進んでいる。ましてや、ルーエルライン頼りのミスリル王国にこれ以上の抵抗は困難だろう。とすれば、あの大公ならばそれぐらいは読んでいる。消えてなくなる国家と関係を絶っても構わないとな」


「それを見越して、我々に恩を売り、資源の優先取引を望むわけですから、やはり一筋縄ではいかぬ相手です」


「相手をさせられる連合側がかわいそうに思えるほどだ。これでおそらく、マクベスからの干渉も緩和されるだろう」


 かつての祖国のことを口にするアウルスではあるが、第四王子として決して厚遇されたとは言えないだけに、少々苦々しく若き大公はそう言った。


「宰相閣下がのらりくらりと対応しておりますので、今のところは問題は全くございません」


「ケッセルにはいつも苦労ばかりかけさせるな。引き続き頼む」


「御意」


 ジョルダンとの通信を終えるとともに、アウルスは投影されるルーエルラインを眺めていた。


 宇宙のあらゆる危険と災厄を混ぜ合わせ、押し固めた空間のはずが、遠目に見れば煌びやかであり、幻想的にエネルギー流などがうごめく光景は吸い込まれるかのように美しく見える。


 だが、この美しさに近づくことは死に近づくも同然であり、触れたら最後、その身は滅び、骨すら残らぬままに消滅する。


「どれほど美しかろうが、墓場は所詮は墓場ということか」


 そう漏らすと、自分が恋焦がれてしまった一人の公爵令嬢のことを思い出す。


 彼女は美しいが、心が和み、力が湧いてくる。


 知識と知恵も回るために会話も実に楽しい女性だ。


 ルーエルラインの冷酷な美しさとは真逆な、和みと温かさを持った美しさを思い出すと、アウルスはある文章を書き始めた。


 ミスリル王国にある意味とどめを刺し、この戦争を早期決着させるために、アウルスはアレックスとエルネストへと挑発文を作成したのであった。

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