目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第21話 不退転の戦い 後編

「ロンバルディア軍も案外ふがいないな」


 酒を片手にしながら、演劇か何かを見ているかのようにタルカス侯爵はそう言った。


 ヴァレリランドは元々タルカス侯爵の領地であったが、ミスリル王国の主要航路であり、国境を有した最重要拠点である。


 エフタル公の軍制改革の中で、国境は軍が直接管理することを提案されたが、諸侯たちはこぞって反対した。


 国境には交通税という利権があった。


 他国の船がミスリル王国に入るには限られたルートを通るしかない。


 諸侯たちはこのルートに交通税を設け、収入を得ている。


 いくら攻められる危険性があるとはいえ、交通税の利権は収入の大半を占めるほど莫大であるため、諸侯たちは盛大に反対した。


 だが近年の大国同士の抗争から、ルーエルラインがあるとはいえ、そうした大国の相手ができるほど諸侯たちに力はない。


 そこでファルスト公が折衷案を出し、諸侯たちが従来通り守り続けるが、敵艦隊が攻め入ってきた際には国軍の指揮下に入ることが決定した。


 さらに、エフタル公の嫡男であるレスタルは、防衛衛星による自動防衛システムを構築。


 堅牢堅固なルーエルラインは、難攻不落の要塞へと生まれ変わってしまった。


「少しは、苦労させてくれると思ったが、情けない奴らよ。ロルバンディアの連中は、何故これほど脆弱な連中に負けたのやら」


 タルカス侯爵はワインを新しく一本開ける。


 現在彼は指令衛星にて指揮を取っていたが、実際はこの戦いを眺めているだけであった。


 つまり安全な場所で彼はこの戦いを観戦していたのであった。


「閣下、中央からの援軍はいつ到着いたしますか?」


「援軍は来ない」


 上機嫌なままにタルカス侯爵はそう言った。


「ですが相手は……」


「お前はバカか?」


 タルカス侯爵は用量の悪い部下にいら立った。


「ロルバンディア軍は艦隊を差し向けてきたが、第一次防衛ラインすら突破できていないのだぞ。そんな連中相手に援軍要請したところで何の意味がある」


「それはそうですが」


「それに奴らを我々で叩きだしてみろ。中央の手柄ではなく、我々の手柄になるだろう」


 そう言われると、部下は納得はしたが不安は消えていない。


 何も言えずにいたところで、緊急事態を示すアラートが鳴った。


「何事だ?」


「敵襲です!」


 オペレーターの報告にタルカス侯爵は「敵はとっくに攻めてきているぞ!」と指摘をする。


 苛立ちながら、タルカス侯爵は酒をもう一杯飲むが、途端に大きな音と共に衝撃が伝わってくる。


「何事だ?」


「敵襲です! 敵がこの衛星めがけて攻撃を開始してきました!」


 部下の報告に侯爵はグラスを床に投げ捨てる。


「ふざけるな! 奴らはルーエルラインの外だぞ! 無人衛星相手に手こずっているような状況だ。何かの事故ではないのか?」


「ですが、しっかりと敵影が映っています!」


 部下が操作すると、投影された映像にはロルバンディア軍のマークが入った艦艇が映し出されていた。


 その映像を前にタルカス侯爵は茫然とするばかりであった。


*****


「全艦総攻撃! 叩き潰せ!」


 勇ましい命令と共に、セラーズ・アルマ・アデル中将率いるロルバンディア第四艦隊は、ヴァレリランド方面軍に向けて猛攻を開始した。


 中性子ビームと、同等の速度でレールガンにて放たれた特殊合金製の弾丸が、防衛衛星に向けて発射される。


 命中した中性子ビームは、無防備な防衛衛星を貫く。


 レールガンの弾頭は防衛衛星の中枢部へと命中すると、遅延信管が作動し、核融合反応を起こして衛星を文字通り火の玉へと変えていった。


「所詮はルーエルライン任せの防衛というわけか」


 一方的な攻撃でセラーズはミスリル軍を蹴散らしていた。


 ミスリル軍は、ヴァレリランド回廊の外側に向けて防衛衛星を集中させていたが、内側から攻められることを全くと言っていいほど考慮されていない。


 そのためにセラーズ率いる第四艦隊に全く対処ができず、一方的に駆逐されていった。


「ありったけの攻撃を叩きつけろ。ここでケリを付ければ、殿下率いる本隊も通過可能だ」


 淡々と命令を下すがセラーズは守備よりも攻勢を得意としている。


 艦列を広げてセラーズは的確に、ヴァレリランド方面軍の戦力を的確に削り取っていった。


 防衛衛星は本来想定されていない死角を攻められ、一方的に破壊されていく。


 内側からの攻撃を想定しない、防衛衛星の弱点をセラーズは確実に突いていた。


「閣下、左翼方面に艦隊接近!」


 副官からの報告に、セラーズは水を飲んでいたがそれでも平然としていた。


「気にするな。攻撃続行、目標は防衛衛星だけでいい」


「しかし艦隊を無視するわけには」


「誰が無視するといった?」


 再びセラーズは水を口に含むが、その間にミスリル軍艦隊の一部から爆発炎上する映像が映っていた。


「我々は一個艦隊で来たわけじゃない。あの艦隊は第二艦隊に任せろ」


 セラーズは落ち着きながら、攻撃を続行させる。そして左翼方面から攻めてきた艦隊はイグニス中将率いる第二艦隊に阻まれ、完全に手鼻をくじかれていた。


 一度崩れた艦列を再編しようとするところで、イグニスは動きの遅さに付け込むように、更なる攻撃をし続ける。


 機動力を生かし、砲台としてではなく文字通りの艦艇のメリットを生かした機動戦術を前に、ヴァレリランド艦隊はあっけなく崩れていった。


「第二艦隊が左翼方面の艦隊を撃破しています!」


「だから言っただろう。我々だけで攻め込んでいるわけじゃない。それに敵はルーエルライン頼りの戦い方しか知らん。その状態でイグニスの相手をするんだ。私ならごめんだな」


 火力を集中させて、相手を確実に削りながら致命傷を与えるのがセラーズとすれば、機動力を使って相手を翻弄し、混乱させながら一切の主導権を渡さないのがイグニスの戦術である。


「しかし、ケルトー大将の読み通りになったな」


 ワームホールゲートにてルーエルラインを渡河した後、ケルトーは潜り抜けた艦隊から随時ヴァレリランドへと進撃させた。


 艦隊の再編等は行軍中に済ませ、ヴァレリランドを攻めることだけを優先させた。


 ミスリル軍はルーエルラインの突破を想定していない。であれば、突破した場合は間違いなく混乱に陥る。


 そこでセラーズは渡河と同時にイグニスと共に進軍を開始したのだが、ミスリル軍が想像以上に脆弱であった。


 全く対処できずままにこちらの攻撃を一方的に受け続け、やけくそに艦隊を出撃させるも、イグニス率いる第二艦隊を前に混乱し、逆に叩きのめされている始末だ。


 この戦いは間違いなく勝つ。


 そう自覚しながら、セラーズはルーエルラインの外側にいる主君を迎い入れるべく、ミスリル軍を蹴散らしていった。


*****


「馬鹿な、何故ロルバンディア軍がこんなところに……」


 防衛網は次々に破壊され、送り込んだ艦隊も別の艦隊に阻まれると共に、さらに二個艦隊が猛追しており、気づけばヴァレリランド方面軍は一気に苦境へ立たされていた。


 さらに司令部にも被弾しており、ロルバンディア軍の猛攻で甚大な損害が生じていた。


 あわただしく対応に追われる兵士たちとは対照的に、こんなはずではなかったとタルカス侯爵は茫然としていた。


 未だかつて、ルーエルラインが破られたことなどなかった。


 この死の空間に挑んだものは皆敗者となり、いつでも守ってきた者こそが勝利者となったはずである。


「奴らはルーエルラインを超えてきたというのか?」


 そんなことはあり得ない。


 ルーエルラインは約十光年にも渡る広大な空間であり、最大跳躍距離が五光年の現在では、突破などありえない。


 だからこそ、ミスリル王国初代国王であるルーエル王は、このラインに沿う形で国を作り上げた。


 ひたすら他国との軋轢を避け、平和に暮らせるようにだ。


「奴らは、魔法でも使ったとでもいうのか?」


「閣下! 駐留艦隊壊滅! 敵艦隊はこのままこの司令部へと進軍を続けています!」


「防衛線を突破されました! 敵艦隊は尚も前進し攻撃を緩めません!」


 あちこちから悲鳴と怨嗟のような報告に、タルカス侯爵は思わず立ち上がり、司令部を後にしようとする。


「閣下、どちらへ?」


「トイレだ!」


 そう言って副官を振り払うが、侯爵はもう戦意を失っていた。


 ルーエルラインを突破され、さらに艦隊が壊滅してしまった以上もはや方面軍そのものが瓦解したと言ってもいい。


 このまま戦い続けたところで意味などはない。


 そう認識したタルカス侯爵の答えは一つであった。


「こうなれば、一刻も早く逃げなくては」


 戦って逃げる意味などなく、今すぐ逃げなくてはロルバンディア軍の恐ろしさを伝えることもできない。


 そこまで考えると、タルカス侯爵は自分が逃げるのではなく、ロルバンディア軍の恐ろしさを伝える大義名分を手に入れたことに気づく。


 そう、自分は決して敵前逃亡するわけではないのだ。


 胸を張って逃亡の準備を行うためにドッグへと向かう。


 だが、ここでタルカス侯爵は最大のミスをしていた。


 ロルバンディア軍第四艦隊の猛攻はすさまじく、既に防衛線は完全に破綻。


 その隙を突くかのように、数発のレールガンがタルカス侯爵が指揮を取っていた防衛衛星に直撃する。


 砲弾はそのままドッグの一部に命中し、タルカス侯爵がドッグに到着した瞬間、遅延信管が作動し、核融合反応が発生。


 メガトン単位の破壊力を持った膨大なエネルギーの本流は、ドッグをあっという間に蒸発させた。


 機械類は無論のこと、人も何もかもが圧倒的な熱量により消滅していく。


 それはタルカス侯爵も含まれており、こうしてヴァレリランド方面軍は総司令官を失った。


 そして、ロルバンディア軍はミスリル王国に侵略の橋頭保を築き上げたのであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?