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第21話 不退転の戦い 中編

「やはり、突破は困難だな」


 艦橋に映る攻防戦は、一進一退を繰り返している。


 既に二時間経過した戦いを眺めながら、アウルスはそうつぶやいた。


「事前に情報をもらったとはいえ、これはひどいものです」


 マルケルスらしくない愚痴に、アウルスは彼の表情を見るが、百戦錬磨の彼らしからぬ渋い表情をしていた。


「アイリスからレスタル殿がどのようにして、この防衛網を作りあげたかを聞いたが、改めてそのすごさがわかる」


 アウルスは平静を保っていたが、内心焦りが出てくることを抑えていた。


 圧倒的な数を持つ無人の防衛衛星による攻撃。


 膨大な星間物質などを利用し、無尽蔵のエネルギーを駆使して攻撃してくる無人防衛衛星の攻撃は苛烈を極めていた。


 中性子ビームや超合金の弾頭を使った光速で放たれるレールガン、自動生産されて発射される核融合ミサイルなどが、一斉にロルバンディア軍へと迫ってくるのだ。


 もちろん、現状はエネルギーシールドによる防御により、ダメージは一切負っていない。


 同時に、圧倒的な火力を誇る衛星からの攻撃に、満足な反撃ができずにいた。


 いくつかの無人衛星は破壊したが、そのために少なく見積もっても百人単位で動かす戦艦を犠牲にするわけにもいかない。


「周囲に広がる死の空間、その穴を守るだけと言えば聞こえがいいですが、要はそこが攻め手の弱点となり得ます。戦力を集中すれば防衛衛星で攻撃し、突破されても艦隊が控えている。難攻不落の要塞ですな」


「レスタル殿がバカでも守れるようにしたとは、そう言う意味だな。完璧な防衛システム、それを自動化すれば全く問題ない」


 アウルスはアイリスが言っていたことを改めて実感した。


 バカでも守れるということは、それだけ完成されたシステムであるということ。


 属人的ではなく、標準化。


 つまり誰であっても最適な結果が出るシステムがあれば、よほどのことがない限り最適な結果が出せるわけだ。


「流石はミスリル軍で最年少の軍務局長だ。おそらく、諸侯たちに国境を任せる上での妥協策のはずが、全く手を抜いていない」


 十代の頃から戦場に立ち、ロルバンディアを征服したアウルスも、自身が率いた軍が手も足も出ない状況を体験したのは初めてのことであった。


 唯一移動突破できるはずの回廊の道には機雷まで仕掛けられており、防衛衛星が通過ポイントに圧倒的な火力を集中し、攻撃を行う。


 ロルバンディア軍第一遠征艦隊は決して本気で戦ってはいないが、それでも数隻の艦艇が沈められていた。


「こんなシステムと環境に守られれば、傲慢になるのも無理はないな」


 天然の要塞と、それを利用した防衛システム。


 誰であっても突破が困難な要塞があれば、どんな国に対しても傲慢で横柄になるのは当然だろう。


 仮に連合を怒らせても、ミスリル王国ならば耐えられる可能性すらある。


「ケルトーはやってくれるでしょうか?」


 マルケルスがぽつりとこぼした言葉に、アウルスも冷静さを取り戻す。


 気づけば自分もまたこの苦戦ぶりに、熱くなっていたのかもしれない。


「やってくれるさ」


 落ち着きを取り戻し、アウルスは端的にそう言った。


「あの男はふざけていることが多いが、いざという時は誰よりも信用できる」


 ある意味、誰よりも付き合いが長い軍人であり、エリーゼと並んで幼いころから自分の傍にいた武官であったことから、アウルスはケルトーを信頼していた。


「それに、ケルトーができないのであれば誰にもできんよ」


 そうつぶやくと共に、数隻の宇宙戦艦が防衛衛星から放たれた中性子ビームより、撃沈する光景がモニターに映し出されていた。


「マルケルス、一旦艦隊を後退させるぞ。我々はあまりにも勝ち続けてきた。気づけばムキになって反撃している艦隊すらある」


 連合での戦いや、各地での戦闘、そしてロルバンディア征服。


 そのいずれでもアウルス率いる艦隊は勝利を重ねてきた。


 そのためか、全艦隊が勝ち癖と共に、前へ前へと戦意のままに行動するようになってしまったようだ。


「了解いたしました」


 早速マルケルスが指揮を取り、全艦隊を後退させていく。


 彼らはあくまで陽動を担っているに過ぎない。


 分かっていたはずが、ムキになってしまったことにアウルスは深くため息をつく。


 自分の判断の甘さが、死ななくてもいい兵士を死なせ、何人かの未亡人や孤児、子を失った親を生み出した。


「仕切り直しだな」


 彼らの死に報いるためにも、成功に導かなくてはならない。


 そして何より戦いは始まったばかりなのだから。


*****


 ルーエルラインの無力化としてワームホールゲートの使用を検討したのは、ロルバンディア軍の智将、バレリス・ウル・ラートル参謀総長である。


 ファルスト公亡き後のミスリル王国との関係悪化等を考慮し、ワームホールゲートを使用することでロルバンディア軍はミスリル王国への侵攻計画を立案していた。


 計画自体は一年前から寝られており、元々農林水産省で検討されていた社会インフラシステムであるワームホールゲートの軍事転用した。


 結果として計画そのものは凍結されてしまった。


 理由としてはミスリル王国と戦争を行う上での、大義名分が存在しなかったため。


 ロルバンディアを統治して、四年しか経過していないことも考慮され、結果としてお蔵入りすることになったが、アイリスがもたらした朝敵エルネストを匿っているという事実が、アウルスに決断をさせたのであった。


 ミスリル王国を滅ぼすことを。


*****


「どうやら、あの世ではないようだな」


 らしくない冗談をしながら、エリオス・ヒエロニムス中将はワームホールゲートを潜り抜けたのであった。


 約一時間の経過で、彼らは15光年もの距離を移動したのである。


「先遣隊はどうなった?」


「全部隊のリンクを確認しました。先遣隊は全員無事です」


 ほっとしたエリオスだが、 気づけば副官を含めて艦橋要員たち全員が安堵

していた。


「気を抜くな! 我々は敵地に侵入していることを忘れてはいけない」


 戦争をするためにやってきたこと、敵地に侵入しているという事実を再度伝えると、冷静沈着なエリオスの言葉に全員が改めて緊張感を取り戻す。


 その姿にエリオスは頼もしさを感じた。


「閣下、どうぞ」


 副官のヴィッセル少佐から手渡されたコーヒーに、エリオスは無表情のまま受け取り口に含んだ。


 ロルバンディアでは茶よりもコーヒーが本来主流であり、根っからのロルバンディア人であるエリオスもコーヒーを嗜んでいた。


「なんとか超えられましたね」


「戦いはここからだ。周囲の安全を確保次第、ケルトー大将に伝えろ。渡河に成功とな」


「了解です」


 端的に命令したエリオスに、ヴィッセルは素直に返答する。


 常に無表情で感情を表に出さず、注意や指摘を行うエリオスは、決して馴れ合いをするようなことはなかった。


 だが、何かに忖度したり媚びを売ることもせず、部下を依怙贔屓することもない。


 自分とは異なる意見を持っていたとしても、それが誤っていれば冷静なままではあれど、丁寧に指摘をし、それが正しければ自分の過ちを認めて訂正をするという公平さを持ち合わせていた。


 だからこそ、先鋒を命じられた時には司令官としての責務として自ら先遣隊を指揮した。


 故に第二艦隊では「戦って死ぬならばエリオス提督の元で死にたい。提督ならば、我々を見捨てることはないからだ」と結束力が高くエリオスは信頼されていたのであった。


「峠でもトンネルでもないが、どうにかルーエルラインは越えられたか」


 艦橋から見える風景には、ルーエルラインがくっきりと映し出されていた。


 宇宙の壁と呼ぶには恐ろしく、それ故に死へと導く様々な要因がタペストリーのように折り重なった空間は、何とも言えない幻想的な魅力を醸し出している。


 それを突破したことは快挙と言ってもいいが、まだ戦いは始まったばかりであり成功したわけではない。


 何故自分が名誉ある先鋒に選ばれたのか、エリオスはそれを思い出す。


 一つはロルバンディアを滅ぼしたエルネストを討伐すること、二つ目は旧ロルバンディア軍からの艦隊司令官として活躍できる機会を設けたこと。


 そして三つめは史上初となるワームホールゲートを用いた軍事作戦を実行する上での適任者だということだが、エリオスはあえて三つ目の理由を名誉に思っていた。


 祖国ロルバンディアを滅茶苦茶にしたエルネストへの復讐よりも、旧ロルバンディア軍からの艦隊司令官としての意地と、旧マクベス軍の諸提督たちに見せつけることよりも、三つ目の理由こそ価値があるからだ。


 史上初となる作戦の適任者としての名誉と共に、自分がそれにふさわしい能力を持っていると認めてくれたこと。


 自分ならば成功するであろうという信頼が、エリオスは何よりも有難く、嬉しく思っていた。


「やはり大公殿下は違うな」


 珍しくほくそ笑むと共に、改めてエリオスは若き主君、マクベス・ディル・アウルスに忠誠を誓った。


 そして、彼のためにこの作戦を成功させることに全力を尽くすのであった。


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