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第20話 覇王の戦い 後編

 ロルバンディアの国境に当たるヴァレリランド星域。


 ここを統治するタルカス侯爵の朝は、部下の急報によって始まることになった。


「閣下、国境警備隊より急報です!」


 けたたましい声と共に、寝室で半分夢の中にいたタルカス侯爵は眠気に浸りながら、不快な表情を向けた。


「聞こえている、朝から大声を出すな。頭に響くわ」


「申し訳ございません。ですが、ロルバンディア軍が大軍を率いてきました」


 ロルバンディア軍の侵攻という凶報を伝えてきた部下とは対照的に、睡眠を邪魔されたタルカス侯爵はますます不快になった。


「それがどうした?」


「え?」


 部下は戸惑うが、理由が分からないのか困惑していた。


「ヴァレリランドにはルーエルラインがある。ここを突破できると思っているのか?」


「ですが、敵はロルバンディアです。旗艦インドラも確認し、ロルバンディア大公アウルス自ら攻めてきたのですよ!」


 四年前、ロルバンディアを征服したように、ミスリル王国を征服するべく艦隊を率いてきたことに部下は動揺していた。


「だから、なんだというんだ?」


 すっかり眠気が覚めてしまったことに対して、不快になるタルカス侯爵は水差しの水を口に含む。


「しかし、ロルバンディア軍が……」


「未だかつて、他国の艦隊がルーエルラインを突破してきたことがあったか?」


 タルカス侯爵の指摘に、部下は黙ってしまう。


「相手がロルバンディア軍だろうが、ブリックス軍だろうが、それこそ連合軍であろうとこのルーエルラインを突破できるわけがない。ルーエルラインを突破するということは、宇宙そのものと戦うことを意味する」


 広大なルーエルラインは、ワープ航法を利用しても突破することはできない。


「分かったらさっさと対処しろ。一応、トールキンには伝えておけ」


「かしこまりました」


 気が利かない部下にイラつきながらも、タルカス侯爵は思わぬ千載一遇のチャンスにいることに喜んでいた。


「ロルバンディア軍、しかもあの覇者が攻めてくるとはな」


 マクベス・ディル・アウルスは、ロルバンディアを征服してそのまま大公となった覇者である。


 その覇者が自ら艦隊を率いてミスリル王国を侵略してきたとすれば、それを撃退した功労者は当然ながら羨望されることは間違いない。


「私も、公爵になるべきだな」


 アウルスを撃退すれば、間違いなく公爵となり中央にて大臣の役職を与えられるだろう。 


「相手に取って不足無しというところだな」


 ほくそ笑みながら、自らの立身出世のためにタルカス侯爵はロルバンディア軍を迎え撃つべく、出撃の準備を取った。


*****


「あれが、ヴァレリランド回廊か」


 旗艦インドラの艦橋にして指揮官席にて、広大な宇宙の中でぽっかりと空いた不思議な空間に、アウルスはそう言った。


 周囲にあるエネルギー流や星間物質、異常重力地帯、小惑星や中性子星など、近づくだけで何もかもを破壊してしまう死の壁。


 そこに唯一空いた安全な生の道は、生と死がいかに隣合わせとなっているのか、大自然がまるで教えてくれるかのように、美しさと共に生物をあざ笑っているようにも思えた。


「美しいものには棘があるというか、死神が誘っているようにも見えるな」


 吸い込まれそうなほどに、周囲を取り巻く死の間に空いた空間にアウルスは思わず呟いた。


『ヴァレリランド回廊はルーエルラインの中でも一番狭く、そして不安定な回廊です。ここを突破するのは……』


 アイリスが投影された姿のままにそう言った。


 流石に艦橋にいてもらうわけにもいかない為、アイリスは貴賓室にてディスプレイ越しにアウルスと会話をしていた。


「普通のやり方であれば無理だな。おそらく向こうもそう思っているはずだ」


 どれほどの艦隊を送り込んでも、数を生かせない回廊に艦隊を差し向けたとしても、防衛衛星と艦隊ですり減らされ、突破できたとしても最終的には撃退されるのが目に見えている。


「まあ、我々は普通の戦いをしないのだがな」


 時計を見て、作戦開始時刻に迫りつつあることを確認する。


「アイリス、話はまたあとだ。貴賓室で我慢してくれ」


 名前で呼ばれたアイリスが顔を真っ赤にしながら頷くと、アウルスは威風堂々としながら全艦隊へと通信をつないだ。


「諸君、ついに我々はミスリル王国へと攻め入る。ミスリル王国はロルバンディアを破滅にへと追いやった国賊にして朝敵、エルネストを匿っていた。これは我々ロルバンディアに対する筆舌に尽くしがたいほどの蛮行である」


 艦橋にいる全員が静かに頷くが、同時にこの通信を聞いている者たち全員が同じ気持ちを抱いていた。


「かつてのミスリル王国は、ロルバンディアは無論のこと、我々枢軸国を連合から守り、救ってきた偉大な国であった。先代の宰相であるファルスト公はどのような相国であっても対等に接し、最高総司令官を務めたエフタル元帥は自国と他国の区別をつけることなく、平等に苦境を救ってくれた。その恩義を知らぬ者は誰もいない」


 偉大な王国という言葉に、アイリスは静かにうなずいていた。


 そして、思わず目頭が熱くなる。


 ファルスト公と父が中枢にいた時代こそ、間違いなくミスリル王国の黄金時代であったのだから。


「だが、今のミスリル王国は国を滅ぼし、周辺諸国へと戦を行うような朝敵を匿い、小国を見下しながら搾取するという悪辣な国家へと変貌してしまった。現国王のアレックス王に私はロルバンディア、いや、枢軸国と帝国の公認の悪であるエルネストを引き渡すように要求した。ところが、アレックス王はその要求を無視した。アレックス王は、賊を引き渡すことよりも我々と戦うことを決断した」


 全員が次第に怒りを感じていく。


 エルネストによってロルバンディアは滅び、マクベス軍によって占領された。


 幸いにも新たに大公となったアウルスが名君であり、その統治のおかげで民衆は繁栄を享受できている。


 だが、一歩間違えればロルバンディアという国家は消滅していた可能性すらあった。


 この遠征軍を構成する兵士や将校の半分は、生粋のロルバンディア人であるのだから猶更だ。


 そのきっかけを作ったエルネストは、自らの手で八つ裂きにしても飽き足らないほどに、ロルバンディア人は憎しみを抱いているのだ。


「我々は正当な要求をし、ミスリル王国は国王自らそれを拒絶した。であれば、残っている道は一つしかない。ミスリル王国に、相応の報いを受けてもらう。敵はかつて連合軍相手に奮戦したミスリル王国軍。そして、堅牢鉄壁にして、航行不可能領域、ルーエルライン。相手に取って不足無し、そして、おそらく奴らは自らの勝利を確信しているだろう」


 連合軍すら蹴散らしたミスリル王国軍宇宙艦隊、絶対的な防壁であるルーエルライン。


 この二つをもってすれば、ロルバンディア軍など恐れるに足らずと思っているだろう。


「だからこそ、相手に取って不足はない。私は諸君らの強さを信じている。そして、この世に絶対的なるものなど存在しえぬことを、奴らに教えてやろうではないか」


 アウルスは大胆にほくそ笑んでいた。


 すでに、ルーエルラインが絶対的な防壁ではなく、突破可能なものであるのだから。


「全軍、攻撃開始。ミスリル王国を、取りに行くぞ」


 アウルスの命令と共に、ロルバンディア軍はついにヴァレリランド回廊へと突入した。


 後に「婚約戦争」と呼ばれたこの戦争において、後世の歴史家はこう書き残している。


 ミスリル王国は初めから負けており、ロルバンディア大公国は戦う前から勝利を確定させていた。


 ヴァレリランドの戦いは、柱一つだけ残した建物の柱を、盛大に蹴飛ばしたような戦いであり、蹴飛ばした結果、ミスリル王国という建物は簡単に倒壊したと。

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